政談276

【荻生徂徠『政談』】276

(承前) されども、世も末となるに従い、上の人の器量が小さくなることから、細かなことばかりを気にし、癖のある人に才智があることを知らないから、ただ漢方の陳皮や香附子(こうぶし)のような毒にも薬にもならぬ人を好み、また学者として質の悪い者の言うことを真に受けて、万病円(まんびょうえん。すぐあとに出る万病丸に同じ)のような人を賢才と思い込み、こういう人を捜し求めるが、昔からこのような人はなく、よって今も見当たらないことから、良い人物はいないということになる。そもそも万病丸のような人というのは、柱の土台がないような軽薄な人で、しかも人々に調子を合わせ、誰からも評判をよくしようとする。孔子が批判した郷原(きょうげん)のような、何の役にも立たぬ人物であることを知っておくべき。賢才とは器量があり、一癖ある人に多く、その人をうまく役儀にはまるように使いこなすようにすれば、真の賢才が現れることである。


[語釈]●万病円・万病丸 万病に効く丸薬。漢方では薬の形状、性質が名前で分かるようにしており、「-丸」「-円」は丸薬(救命丸・毒掃丸・正露丸)、「-水」は液状(今治水)、「-湯」(葛根湯)は湯に煎じて飲む薬、「-散」は粉薬(龍角散・太田胃散)、「-丹」は顆粒(万金丹・仁丹)、「-膏」は湿布・貼り薬・塗り薬といったように、名前で判別できる。

●郷原 『論語』陽貨(ようか)篇に出て来る人物で、知識も教養もなく、真心もないのに、八方美人でその土地(郷)の人に媚びて有徳者として認められたいという気持ちが強い人。

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