政談264

【荻生徂徠『政談』】264

(承前) されば、下の人が申すことが理路整然として理屈に合っているならば、少々足りない点があってもそれは構わず、大いに褒め称賛すべきである。上の人が愚かで器量が小さいと、下の人とたけくらべをするような気持ちのために、「そんなことは誰でも知っていることだ」と息巻いて下の人に智恵の上で言い争いをする。名将たる人物は細かなことは気にせず、下の身分でありながらよくぞ申してくれたとして、申し上げたその行動に対して褒める。心の持ち方が全く両者で別なのである。これを「英雄の心を欖(と)る」という。下の人に対してこのような態度をとれば、下の人は心が躍り、身分が低い者の発言を聞き届けてくれたことに対してとても感謝し、これよりますます役目に対して忠勤を励むようになる。今、多少学問をしながら聖賢の意を理解していない人は、下の人の発言が理筋に叶っているのに、少し足りない点があると、ことさらそれを指摘して、指導しながらその人の言うことを半分だけ聞き、半分は抑えてしまうが、これはよくないことである。とりわけ「下に物を言わせると我が権威がなくなるし、下の者は調子に乗ってわがままを言うようになる。だから下の者には発言させないのがよい」と言う人がいるが、とんでもない考え違いである。


[解説]徂徠はあくまで組織内の上下関係を述べているが、これは為政者と市民との関係も含まれている。むしろ、本当の狙いはそれにある。今のように為政者が市民の代表として選ばれる制度においても、当選した議員や首長は「お上」意識を持つようになり、市民もまた政治家は権力者=偉い人という「お上」意識を持ってしまう。ネットでは憚らず批判、痛罵を加えても、政治家を掴まえて直接意見したり抗議できる人は少ない。それ以前に、市民を寄せ付けず、声を聞こうともしない者が少なくない。当選するまでは首を垂れる稲穂のごとく挨拶しまくりながら、当選してしまうとふんぞり返り、市民を敵視する者まで。ただ市民の意見を聞かないだけならまだしも、一方ではいろいろな手を使って市民の動向、意識を調べまくる。それだけ恐れているからで、これが徂徠の言う「愚かで器量が小さい」者である。


[付言]安倍総裁3選支持の麻生氏副総理が「負けた派閥、冷遇の覚悟を」と発言した由。政党も組織ではあるが、所属するのは有権者から選ばれた人たち。この点においては優劣はない。比例区で当選した者は政党の力が大きいだろうが、議員は議員。市民、国民の方を向かず、常に政党幹部の顔色をうかがうのであれば、議員としてふさわしくない。しかし、政党としては数が欲しいために、比例区でも選挙区でもかまわない。そして、当選したら政党のために働くことを厳命する。あるいは、そのような空気を漂わせる。負けた派閥を冷遇するというのもとんでもない話。総裁を決めるには、志ある者は誰でも立候補すべきだし、そのほうがより優れた人物を代表にすることができる。できるだけ総裁選を行わず、有力な候補者がでないように圧力をかけるのは、徂徠の指摘にもあるように、組織全体の地盤沈下を招き、皆、上の者の顔色ばかり窺い、上の者に気に入られようと、そのことばかり考える。上の者が左翼と勝手に認定する政党やその支持者たちを嫌えば、下の者たちはいろいろな動きでその政党や支持者たちに対する過激・理不尽な言動をする。しかも、次第にエスカレートさせて、上の者の気に入られようとする。上の者はつとめて言葉を選び、発言や行動は慎重にと古来より言われるのも、組織では上の者の意向が下に降りるに従い、絶対的なものとなり、直接行動に出やすいからである。そういうことを好む「長」は、何に対しても破壊することしかしない。副総裁の牽制発言も、党をさらに先鋭化させ、偏狭なものとなり、国民に対して敵対勢力にまでさせてしまうことになる。もう充分なりかけているが。


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