政談261

【荻生徂徠『政談』】261

(承前) 総じて下の人は上の人へ物を申し上げにくいものである。しかし、道理に明るい人は、道理にそって言上することがある。また、上のためを思い、職務第一という気持ちから申し上げることもある。また、上の意向に感銘して存念を申し述べることもある。しかし、言いたいことを申し述べて引き下がったあと、夜、床に就いて今日の行動を思い返し、「さても今日はどうしようもないことを申し上げてしまったものだ。上よりのお咎めはきっとあろう。御老中やお頭方の気に障り、処罰されるかもしれない」と後悔するのは人情である。このように何か申し上げるたびに後悔の念ばかり出てしまうと、しまいにはもう何も申し上げなくなってしまうようになるものだ。


[解説]後悔の気持ちに苛まれるのは、上の人が聞くには聞くものの、無表情だったりいらついたような表情をしたり、その下の者たちが「なぜあんなことを言ったのか。身の程を弁えろ」と文句を言って牽制したり、ひどい場合にはいろいろ嫌がらせをするからである。上の者たちがどんな意見や提案、考えでもよく聞き、活かせるものはどんどん活かす態度をとれば、下の人たちは感謝の気持ちと更なる意欲が湧いてくる。わかりきったことだが、しかし組織というのは総じて上の者の意向を通そうとし、下の人からの意見や提案を喜ばない。面子にこだわることもあるし、下の人が優秀だとわかると、自分の地位が危うくなるかもしれないと恐れるからである。残念ながら日本では今も組織というのはタテ社会、地位が上の者ほど力が強く、優遇される。それでも、今までは会社などは家族的な意識があり、社員を守る経営者が多かった。しかし、現政権になってからは財界が率先して労働者の立場を悪くする法制の整備を政府与党に要望し、元閣僚で大手口入屋稼業の経営者に至っては、残業代ひいては正社員の存在を否定する発言を堂々としている。人を人と思わぬ恐ろしい感覚である。こういう世の中になると、庶民は働き口の確保、少しでも安定した暮らしに追われ、政治に対する関心を持ったり悪政に対する抗議どころではなくなる。そのように大衆の弱体化を図っているとも思えるが、大衆なくして政治家、経営者は存在し得ないのである。


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