政談258

【荻生徂徠『政談』】258

(承前) このような治め方であれば、下たる人はみな御老中・若年寄のおかげで御奉公が務まるというものである。下に才智がなく、御老中・若年寄にだけ才智があるのではない。ただ、このような人の使い方をしてきた結果、下はおのずから才智がない人ばかりとなったのである。その証拠に、綱吉公の頃から御加増されるのはただ御老中・若年寄ばかりで、下の人にそれがないのは、上も御老中・若年寄にのみ才智があると思われているからである。これでは下の人が身を挺して勤めようという気にならなくなり、才智を発揮することもなくなる。このように人の使い方が間違っているのに、それは無視して「今の世には優れた人がいない」というのは、実にもったいないことと私は愚考するものである。天地はいずれの世にも才智ある人を生まれさせるものだが、使い方が悪いにもかかわらずそれを改めようとせず、ただ「人がいない」と言うのは高慢であり、天地の徳をないがしろにする所業である。天の咎めはとても恐ろしいものであるから、このままにしてはいけない。


[解説]当時は家格による禄(家禄)が基本であり、昇進がイコール昇給とはならない。家禄の低い者はその地位にふさわしい生活をする必要があるため、足高(あしだか)の制という、その職にある間だけ俸禄を加算する制度が設けられたが、もともと家格が高くて高禄をいただいている大身の武士になると、すでに十分なものをいただいているから、ほとんど加増されることがない。

 また、同一の職を長く勤めていても、勤続年数により加増(昇給)されることはない。まったくないわけではなく、例外的にはあるが、基本的には固定される。これは、幕府も藩も、全体の禄高(総予算)そのものが固定されているからで、たとえば播州の赤穂藩は53500石だったが、一度定めたものは変えることはできず、その中で毎年やりくりをしなければならない。だから、職による俸給も固定せざるを得ず、昇進によって昇給するしかないが、昇進も空き待ちであり、いつになるかわからない。藩の総石高の増減は幕府が決めるが、加増を認められることはあまりなく、逆に処罰として改易により召し上げられたり半減されたりと、失う方が圧倒的に多かった。徂徠はこういった固定したあり方ではすぐれた人材は埋もれたままとなるから、人物本位で登用し、実績によりどんどん評価すべきことを説く。


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