政談247
【荻生徂徠『政談』】247
(承前) その詳細は、人に「あなたの器量だが、どのような事が得意か。例えば侍大将ならば、昔甲州で名を馳せた馬場美濃のようであるか。内藤修理のようか。山県三郎兵衛のようか。高坂弾正左衛門のようか。古の漢代の李広のようか。程不識のようか」などと尋ねる時、その人が自分の器量を低く蔑んで答えたなら、その人の器量は知ることができない。なぜかというと、実際に戦(いくさ)をしてみないと、自分で自分の器量がわからないのだから、自分自身でさえわからないことが、どうして他人が外から見ただけで知ることができようか。
[語釈]●馬場美濃 馬場信勝(1514-75)。武田信玄の家臣。甲州流軍学に通じ、歴戦に功を立て、信玄の死後勝頼に仕えたが、長篠の戦で討ち死に。 ●内藤修理(しゅり) 内藤昌豊。武田氏の勇将の一人。長篠の戦で討ち死に。 ●山県三郎兵衛 山県昌景。内藤修理に同じ。 ●高坂弾正左衛門 高坂虎綱(1527-78)。信玄に抜擢された智将。長篠の敗軍を収拾し、勝頼を補佐した。 ●李広 りこう。前漢の将軍(=画像)。武帝の時に北平太守となり、匈奴から恐れられた。武勇に優れていたが戦功を認められることなく憤死した。弓術にすぐれ、飛将軍と綽名された。ある夜、山中で虎を弓で射たところ、それは石で、矢が羽根の所まで突き刺さっていたという故事で有名。 ●程不識 ていふしき。前漢の将軍。辺郡太守として匈奴を討伐し、勇名をとどろかせた。
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