政談239
【荻生徂徠『政談』】239
(承前) その上、賢才を挙げるといっても、今まで上に立っていた人をことごとく下へ落として、上と下をすべて入れ替えるということではない。ただ二、三人、あるいは一両人も下から賢才を挙用したならば、今まで家筋ばかり重視してきた習慣を破るのだから、万人の目の色も変わり、次第に職務に励むようになり、どの人も挙用された賢才のようになって、世間はにわかに活気づいてよくなることである。『論語』にも「舜は大勢の中から皐陶(こうよう)を挙げ、湯(とう)は大勢の中から伊尹(いいん)を挙げるや、不仁者はいなくなった」とあるのも、賢才を挙げるといっても上下をすべて入れ替えることではなく、大役の人を一両人も挙用すれば、あとはその勢いで次第に良くなることを言うのである。
[語釈]●『論語』 顔淵(がんえん)第十二に「子夏(しか)曰く、富めるかな言(げん)や、舜天下を保つや、衆より選びて皐陶を挙げ、不仁者遠ざかる。湯天下を保つや、衆より選びて伊尹を挙げ、不仁者遠ざかる」とある。弟子の樊遅(はんち)が仁について孔子に質問した。孔子は「まっすぐな人を挙用して曲った人の上に置くと、曲った人も自然とまっすぐになる」と答えたが、樊遅にはいまひとつ得心がいかなかったようで、先輩の子夏に「先ほどの先生のお言葉はどういう意味ですか」と尋ねた。子夏、姓は卜(ぼく)、名は商。子夏は字(あざな)。文学に通じ,孔門十哲(こうもんのじってつ)の一人。儒家では孔子のほか、十人の優れた高弟たちも祀る。「詩経」「春秋」などを後世に伝えたといわれるほか、「儀礼(ぎらい)」喪服伝(そうふくでん)は子夏の作とされる。樊遅は頭の回転は鈍い方だが、探求心が旺盛で、理解するまでよく質問している。孔子の弟子で優れた者の多くは「一を聞いて十を知る」タイプが多いが、一方では「十を聞いて十を知ろう」とした人も少なくない。孔子はそれぞれに合った答え方をしているが、樊遅はほかの優秀な弟子にも聞いて確かめた。
[解説]組織のトップが賢才であれば、部下たちもそれを見習おうとする。しかし、トップが無能・鈍才であれば、組織の士気は低下し、なげやりになる。今の政権において、私たちはそれを目の当たりにしている。
子夏肖像
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