政談234

【荻生徂徠『政談』】234

(承前) さて、易の道理に「下よりのぼる」とあるのはどういうことかというと、ただ空理空論を言ったものではない。一年のうちにも、春夏は天の気が下へくだり、地の気が上へのぼり、天地和合して万物が生長する。秋冬になれば、天の気はのぼり、地の気はくだり、天地が隔たって和合せず、万物は枯れ失せる。人の世界もかくのごとし。下にいる才智ある人を取り立て出世させたならば、上の御心は下へ行き渡り、天の気がくだるようなものとなる。才智ある人が出世して大役に就いた時は、下情をよく知る人が上へのぼるため、下の難儀、世の中の実状も上へ知れて、地の気がのぼる状態となる。されば上下の隔たりはなくなり、心が一つになるゆえ、天地が和合するように国家がよく治まり、春夏に万物が生長するように世界は豊かに栄える。下にいる才智ある人を取りたてぬならば、上の御心は下へ行き渡らぬゆえに、天の気が降らない状態となる。このように優れた人が下からのぼらなければ下情は上へ伝わらず、地の気がのぼらないのと同じである。上下が隔たり一つにならぬゆえに天地が和合しない状態となり、秋冬に万物が枯れ失せるごとく国家が滅亡する。


[解説]易は『易経』(えききょう)のこと。儒家のテキストの筆頭に挙げられるほど重視されてきた。もとは『易』(本文)で、注釈書のひとつ『周易』がテキスト化された。この世にあるものすべては陰陽二つの元素の対立と統合により変化する、その法則を説く。現在は易占(えきせん)、つまり占いの易が有名になっており、たしかに易は古くから政(まつりごと)を決めるのに使われたが、あくまでこれからやろうとすること、進もうとする方向が正しいかどうか、自然の理に叶っているかどうかを確かめるためのもので、積極的に受け止め、判断するもの。徂徠はこの易の原理を踏まえ、前段に続いて、身分の低い優秀な人材を積極的に登用、抜擢することこそが政治に裨益することを力説する。上(将軍)がいくら英邁な人でも、上にいるだけに下情(民情)はなかなか見えにくい。そこで、下(民)から登用すれば、下のことがつぶさにわかり、どのような政治をすればよいのかがより精密になる。徂徠自身、長く農村暮らしをし、また町人の中で勉学にいそしんできただけに、力がこもっている。決して自分を高位に採用しろといっているのではない。この時、徂徠は既に当時では高齢の部類である上に体調が悪化して、とても宮仕えなどできない。自分のことはさておき、埋もれた人材を身分や家格に関係なく採用し、逆に門地門閥にあぐらをかいて何もしない者を捨てる思い切った人材登用策を断行すべきことを説く。「御政道に容喙するとは不届き千万」として、最悪の場合、死罪に処せられる可能性もある。さすがに吉宗はそういった乱暴なことはせず、読むことは読んだが、この建白については無視した。吉宗でさえ、そこまではできなかった。こんなことをすれば幕藩体制の否定にもつながるからである。


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