政談204

【荻生徂徠『政談』】204

(承前) 台徳院様(秀忠)の御遠忌(ごおんき)の時、寺社奉行より増上寺に詳細な書類を提出するように命じたが、寛永寺で法事が繰り返し行われ、増上寺では久しく行われていないことから、寺の関係者は詳細を知る者が誰もいない。大寺の僧侶は役人と同じく常に異動があるためにわからない。さてどうしたものかと茫然としているところに、増上寺には行者(あんじゃ)という者がいて、この者は正規の僧侶ではなく、妻帯もしているが、この家では代々の言い伝えがあり、書き残したものもあることから、不明な部分は適当に取り繕って、これをもとにしてなんとか法事をしのいだものだ、と寺の内情を知る人が笑いながら教えてくれたことである。


[語釈]●御遠忌 五十回忌以降、五十年ごとに行われる法会。 ●行者 ここでは「あんじゃ」と読み、身なりこそ剃髪した僧形(そうぎょう)はしているものの、寺の雑務・俗事を行う寺男のこと。

 

[解説]将軍の代替わり同様、遠忌もかなりの年月が経ってから挙行されるため、前回の様子を知悉する者がなく、記録も充分ではないため、担当を命じられた人は困惑する。大切な儀式ゆえ、省略することはできないが、前例通りといってもその前例の詳細がわからないのだから、いかんともしがたい。次の段で徂徠が指摘するが、奉行は自分の責任で記録をしっかりつけて保存しなければならないのにそれをせず、行事が迫ると現場の者に書類の提出を命じるのはあまりに無責任であるということ。武士の本務は武であり、平素においても備えを万全にしなければならない。武備以外も同じで、いつ、なにがあっても即応できるように記録を整え、命令があればただちに対応できる態勢をとらなければならないとする。

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