政談201

【荻生徂徠『政談』】201

(承前) その分け方は、禁裏・堂上方(とうしょうかた)・御門跡(ごもんぜき)等は高家を下司とする。礼儀作法・殿中儀式は奏者進物番(そうじゃしんもつばん)を属官とする。寺社は従来通り寺社奉行を属官とする。町方は町奉行が属官。入毛(いりけ)は勘定奉行で相違ない。但し、寺社・町・勘定の三奉行はともに公事(くじ)訴訟を扱うため、御用繁多で粗雑となることが多い。町奉行は城下を三つにも四つにも仕切り、別々に担当させて町方の行政を第一とし、公事は訴訟の受理だけを行って、裁判は他の機関にさせるべき。地方も行政を第一として訴訟は受理までを担当とする。寺社奉行も同じ。民事ならびに刑事は別に公事奉行といったものを立て、牢屋などはこの下に属し、寺社・町方・百姓ともに公事並びに刑事はここで処理するようにする。今は武家の科人(とがにん)も刑罰の詮議は町奉行に引き渡して行わせているが、これは武家と町人が区別されず、とても不適切である。


[語釈]●禁裏 宮中。 ●堂上方 昇殿を許された公卿・殿上人の総称。公家。堂上はもとは「とうしょう」と清音で読み慣わしていた。「道場」と区別するためと思われる。「どうしょう」とも。 ●入毛 年貢の収納のこと。 ●公事  (1) 令制における公務,朝廷の儀式。 (2) 武家社会では訴訟,裁判。 (3) 鎌倉時代以後の荘園制下における雑税。ここでは(2)。明治以降、国家主義が鼓吹されるようになり、国家、国民、国立、国定、国政、国勢、国体、国語、国史、相撲は国技などと日々「国」に囲まれ、嫌でも「国」を意識する生活となったが、それまでは幕府を公儀、将軍を公方(くぼう)、公文書を公文(くもん)、そして訴訟・裁判を公事といった。世の中の公けの事、それを司る人や機関は「公」と言った。いずれがよいかはいろいろ見解もあろうが、「公」はあくまでそれを担当する側やその仕事を指すのに対し、「国」のつく言葉はどうも上にあって強大な権力、民はそれに隷属するといった概念が付きまとっている感じがする。対外的な関係の上では識別するために「国」は必要だが、国内におけるふだんの暮らしやさまざまな物事にまでつけるのはいかがなものか。相撲は国技といったことを常に国内で呼びかけ続ける必要はあるのか、といった疑問が生じる。


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