政談199
【荻生徂徠『政談』】199
●留帳の事
どの役にも留帳(とめちょう)がないのはよくないことである。事務処理はそらに覚えた先例・先格をもとにするため、記憶違いが起こりやすい。留帳に分類して記録すれば手間がかからず調べることができる。今はその役に長く勤めている人が個人的に記録することはあるが、秘密にしていることなので同役にも見せず、自分だけ仕事を有利にしている。新しい同役が配属されると、その者に少しずつ教えて、いつまでも自分の手足として働かせている。この結果、情報は同役の中だけで共有されることはあっても、上へは隠して伝えない状態である。また、新しい同役に優秀な者がいても情報がないために判断ができず充分な働きができない。これも留帳がないことによる弊害である。留帳があれば新役人も留帳によってどう処理してよいかが分かり、着任した翌日には役目が勤まるようになる。さらに、留帳がないと、先格・先例にないのにある事だと考え違いをしてしまうが、あれば精査して、ないものについては工夫するみともできる。総じて役人が役儀に暗いのは、みな留帳がないからである。
[解説]あってはならない中央省庁による公文書の改竄が疑惑として持ち上がり、国会で追及されているが、役人にとって書類は命。これは昔も同じで、職掌に関わる出来事の記録、どういう案件をどう論議したか、どのように処理したか、その結果どうなったか、それはよかったのか悪かったのか。すべては今後のために必要であり、そのためにも「今」を「過去」のものとして蓄積して「将来」に役立てることと、職務遂行の証拠となるものであるから、役所内でのことは記録するのが鉄則。内容や種類によってはさほど重要でないものもあるから、そういうものは概要にとどめたり、一定期間が過ぎれば処分しても差し支えないが、誰が関わり、どのようなことが話し合われたか、どう処理されたかといった役所の仕事の根幹にかかわることはあとから検証するために不可欠。一般に公開しないものでも自分たちにとっては必要なのだから、できるだけありのままにして残すべきものだし、役人ならそういう意識が働いて当然。そこには都合の悪いことも記録されるが、そもそも都合の悪いことといっても思わぬ失敗といった予期せぬことだけのはずで、他にもあるとすれば自分たちによる汚職と、それから高度な圧力による不正しかない。しかし、そういうことすら記録するのが役人であり、追及時の証拠ともなる。これを改竄させるというのは、高度な者による疑獄しかない。
江戸時代は書類によって物事が運ぶ本格的な時代となった。書類によってすべてが決裁され、旅行も証明書、許可証たる手形が必要となった(関所を通らない近距離の移動はこの限りではない)。夫から妻に離縁を言い渡す時でさえ、書式に則った去り状が必要だったし、戸籍から年貢、物流、なにもかも書類が第一となった。だから公務員となった武士は単なる読み書き程度では済まされず、高度な知識と教養、作文と表現能力が必須となった。もちろん、今のような口語体ではなく、公文書から私的な書簡、日記まですべて文語(訓読文から候文まで)で表記した。
過去の記録がとても重要な部署の一つに町奉行所がある。民事訴訟から刑事事件まで担当するから、判例が必要となり、そのために吟味の記録が不可欠となる。しかし、幕府から定められた留帳の制度というのはなく、徂徠が言うように役人たちが自主的に記録し、同僚にも見せなかった。これでは組織として共通の理解ができず、恣意的な判断を許すことにもなりかねないため、ぜひ留帳を作るように求めた。折しも、徂徠の求めと前後する形で江戸南町奉行所では、大岡越前守忠相の発案、命により、与力の上坂安左衛門が法規先例集『撰要類集』(せんようるいじゅう)を編纂。これは裁判・行政関係の判例・法令を,老中との間の上申・指示や評定所の決定,調査した先例など立法過程の詳しい記事を含めて分類編纂したもので、北町でもこれに追随し、両奉行所に撰要方(せんようかた)という課を設けて、幕末まで続いた。このおかげで当時の役人の動きからさまざまな事件、事故などが手にとるようにわかる。改竄など考えられないし、改竄すれば記録の価値がなくなる。自分たちが生きた証にもなり、よい事だけでなく悪い事もすべて合わせて価値あり意義ある記録となる。これが歴史であり、後世の人が修正できるものではない。解釈はいかようにでもできるとしても、事実は曲げられない。
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