政談197

【荻生徂徠『政談』】197

(承前) 勘定方には吟味役という者があり、丞(じょう)のような身分であるが、上司たる助(すけ)はいない。逆に頭(かしら)が大勢いる。町奉行は助も丞もなく、内与力(うちよりき)という者を自身の家来に採用して執務をするが、これはよろしくない。寺社奉行は藩士である家来を使うため、奉行が交代すると家来も新規の者で仕事に慣れていないから、すぐには使い物にならない。奏者番(そうじゃばん)は家来を江戸城中に入れて、自身の職務である同役らの連絡係などをさせているが、これもよくない。老中には若年寄がおり、これは助に相当し、右筆(ゆうひつ)の組頭(くみがしら)は目(さかん)に該当するが、中間の丞に当たる者がないために事がうまく処理できない。若年寄は旗本を統括するため、老中とは職掌が別である。

 老中・若年寄・寺社奉行は大名が任命され、その家来を部下として使い、よって公儀の御用に慣れるが、これはよいことではない。旗本をこのような重職には就けられない仕組みのため、旗本に才智がつかず、一方、大名というものは物事や下情に疎い者で、学問も平人のようによく理解できない。しかし、これらの役目は禄高に応じて命じるため、平人には任せられない。どの役も旗本で学問があり才智がある者を部下に就けたなら、職務に慣れて他の役に就けることもできるし、使うほどに才智の程度も分かってよい。すべての職に頭役・添役・下役・留役といった者を従えさせれば、諸事うまくゆくものである。


[語釈]●勘定方吟味役 勘定奉行を補佐するとともに目付として監視もする職。勘定は財政部門で、奉行はその長。金を扱う部署だけに、特に警戒を厳重にした。不正の温床になりかねないのは今も昔も同じであり、また、立場を利用して予算を獲得しようと来る他の部署の者たちに高圧的な態度をとったりいたずらに権力を持つことがないようにした。今の中央省庁は財務省が事実上強大な権限を持っているが、本来、こういうのはあってはならないことで、幕府の職制として勘定方を低く定めたのは見識ある措置といえる。 ●内与力 町奉行の部下は与力で、重要な案件以外は吟味与力が裁判を担当するなど、奉行所の実質的な幹部。幕府の御家人がなり、同じく幕府の旗本である奉行とは主従関係にないが、これでは信頼関係が構築せず、事件探査など特に組織力が必要なことから、奉行の家来を内与力として加えた。幕府の三奉行は寺社・(江戸)町・勘定の各奉行だが、徂徠が説明するように、寺社奉行は大名が任命され、旗本が任命される町・勘定の両奉行より格が上。寺社奉行は公儀の仕事を始めて経験の浅い大名が任命されることが多いのに対し、旗本のゴールである町奉行は年配が多く、評定所では年配で旗本の町奉行が若輩で大名の寺社奉行より下となる。こんなことから複雑な人間関係がいろいろ生まれた。内心では「物を知らぬ若大名めが」と思っていても、その場では年配の奉行が平身低頭となる。


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