政談196

【荻生徂徠『政談』】196

(承前) 現在のこのような状況は、頭(かみ)・助(すけ)・丞(じょう)・目(さかん)の制度を立てないことに起因する。どの役も頭役(かしらやく)・添役(そえやく)・下役・留役(とめやく)の四段を立て、或いはそれより軽い役には添役を除いて三段を立て、殊の外軽い役は添役と下役を除いて二段を立て、頭役はとにかく一人にすれば、その役の組織はまとまってばらばらにならず、うわべだけで済ませず身を入れて勤めないではいられないようになる。添役は一人或いは二人、頭役の僅か一段下で、頭役とあまり劣っていない者を添役につければ相談相手にもなり、また目付にもなり、病気や事情があって休む時も代理が務まる。下役は添役の一段下の者を二人ないし三、四人、役によっては五、六人もつけておけば、その役を内容に応じて分担するから仕事が丁寧になる。留役は軽い役だから、役に関する事を帳面に記録させるのがよい。されば頭役は全体を総べ、重い仕事を担当し、まとめをさせる。下役は細分化されたそれぞれの仕事を行うことから、我が身に代えて勤めに励み、身を入れるようになる。これが古の制度である。


[解説]武士といえば本来は戦闘と護衛をする武人であったが、泰平の世となり、しかも引き続き世の中を治める立場として庶民の上に立つとなると、文官とならざるを得ない。幕臣にしろ藩士にしろ、およそ半数は武人としての役目を担う番方(ばんかた)として日々訓練に励むが、もう半分は役方=公務員として事務の仕事をしなければならない。どちらも組織として維持し、職務を遂行してゆくためには組織としてまとまり、目的意識と責任感を持ち、効率よく仕事をして無駄遣いをせず、威厳と信頼を保ち続けなければならない。徂徠が特に文官としての心得と組織についてあれこれ述べるのも、思えばそれだけ泰平の世が続き、次第に仕事を要領よくやり(換言すれば手抜き)、月番の交代制をよいことに面倒なことは次に送って自分は楽をするといった弛みが全体的に横行していることに危機感を持ったため。役人は庶民から畏敬される立場でなければならない。時代劇では威張り散らし、恫喝し、庶民を泣かせて平気という役人像だが、そもそも役人がみなそのような法令順守の意識がなく、身分を笠に着ていれば世の中は治まらない。それは当時の武士たちもわかっていたし、自分たちがどう見られているかは常に気にしていた。乱世には乱世の難しさがあるが、治世には治世の難しさがある。政治に行き詰まったから、庶民の支持を失ったからといって、ちゃぶ台をひっくり返すようなわけにはいかないのである。


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