政談191

【荻生徂徠『政談』】191

(承前) さらにまた天下の諸大名は徳川家の御家来であるが、官位は朝廷より綸旨(りんじ)・位記を下されることから、諸大名の中には、内心では天皇を真の君と思われる方もあることだろう。「今はただ将軍の御威勢を恐れて家来となっているにすぎない」といった心根が消えない限り、世が末となった時に安心できない事態を引き起こすことも考えられる。


[解説]日本は幕府や内閣が政権を掌握、担当しても、古くは官位、現代では閣僚の就任や法案など、天皇による認証が必要となっている。国会の召集しかり。二重権力、二つの政府というわけではないが、徂徠、さらには新井白石(『読史余論(とくしよろん)』)もこういった在り方を批判している。その理由がここに書かれているように、権力を握っている幕府の家来となっているものの、あくまでそれは時勢に従っているだけで、官位といった栄誉は天皇から下されるのだから、心の中では天皇を真の主君としてありがたがり、もし世の中が乱れ出したなら、大名の中から反旗を翻し、幕府に背く者が必ず出て来るに違いない、という懸念。といっても、天皇制を廃止しろと言っているわけではない。官位が必要なことは上述の通りだが、それを決めて付与するのも幕府が行い、そのような制度を確立することが必要であるということ。さすれば官位を下さる幕府、将軍に心服し、有事の際も家来として行動するようになる。現状では面従腹背を防ぐことはできないというわけである。水戸家は公然と尊皇の意思を表明しており、徂徠らとは対立する。なお、天皇が神であるなどといったことは、江戸時代の人たちは誰も思っていないし、そもそも天皇自身が退位、譲位すると出家して仏門に入ったぐらいで、皇室は神道であるといったことも明治になってからのこと。


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