政談179
【荻生徂徠『政談』】179
(承前) 武家に付き従う軽輩の装束も、中間(ちゅうげん)には六尺のように頭を布で包ませ、元結(もっとい)・伽羅(きゃら)の油が入らないようにする。股引をはかせて足を露出させない。今は大名の供までが主人の鼻先に着物をからげて尻をむき出しにしているが、礼儀にもとるとんでもないことである。若党は引立烏帽子に素袍(すおう)の袖と袴(はかま)を短くし、色を定めて簡易かつ質素にする。
供廻りを大勢召し連れる事は、大名においても無用である。国持大名も一万石位の小大名程度の供廻りにし、それ以下は段々に減らし、二、三百石以下は供一人程度にしたいものである。なぜかというと、供廻りの人数を多くするとなにかと煩雑になり、そのためさらに人を雇い入れて日常化しているからである。人数を減らすかわりに、供の衣服・乗物・馬具の装飾・立笠(たてがさ)および槍の飾りに階級をつけ、官位・役席がわかるようにする。今は人数を多く召し連れて賑やかにするのを立派だと思う風潮にあるから、それを改めるために供の外見や立ち居振る舞いを立派に見せるような制度を立てるべきである。大名には、せいぜい他の藩内で旗や涼傘(りょうさん)を持たせて威厳を保つ程度にしたいものである。但し、昔からの公家のしきたりの真似をしてはならない。公家が天下を治めていた当時の武士は下賤であり、公家のしきたりでは今の武士の世において不適切だからである。
[語釈]●六尺 「陸尺」とも。駕籠かきや掃除・賄方(まかないかた。食料品を城内台所へ供給する役)などの雑役夫のこと。 ●引立烏帽子 烏帽子を兜(かぶと)の下に折りたたんで被れるように、もんで柔らかくした揉烏帽子(もみえぼし)の頂部を引き立てたもの。 ●立笠 長柄の笠を袋に入れたもの。長柄の笠は外で休憩などの時に立てて使用した。 ●涼傘 日傘。
0コメント