政談160

【荻生徂徠『政談』】160

(承前) この五、六十年前には伽羅の油をつけることなどなかった。元結は自分で縒(よ)って作ったり、主人のお下がりを使った。刻み煙草は世間にはなく、葉煙草を買ったから、値段は半額以下だった。判銭も僅か。口入銭などというものはなかった。宿代も少なかった。衣類も安い。樽拾いをする者もなかったから、酒を呑むのは不自由だった。これらを考えてみれば、下々の者たちの身上さえも物入りが多い世となった。身分が高い人ほどなにかと物入りが多い。


[語釈]●元結 もとゆい。もっとい。男女ともマゲを結う紐(ひも)のこと。昔の髪形は結髪(けっぱつ)が身分の上下を問わず当たり前だったから、無くてはならないものだった。実用と装飾を兼ね、特に女性用の紐はカラフルだった。男性用は清潔感のある白。


ちなみに、高貴な人以外は女性は自分でこの複雑な日本髪を結うのも常識だった(着物の着付けも当然)。男性は髪結いにやってもらう。さらに、妻のたしなみとして夫の髷(まげ)も結えなければならず、男性の髷は途中で曲げる部分が女性のように開くことはならず、油でしっかり固めてから曲げるのでとても苦労して難しかったという。今は相撲取りの髪形にこの伝統が伝えられ、床山の仕事となっている。

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