政談159

【荻生徂徠『政談』】159

(承前) さてまた「金銀の員数を元禄の頃に比べれば半分ほどになったが、これで慶長の昔の状態に戻るのだから、慶長の頃のように世の中も過ごしやすくなるはずである。金銀の性質もよくなれば、物価も下がるはずだが、町人が悪さをして物価を下げないのだ」と言う人がいるが、これもまた世の中有様を知らない人の言うことである。慶長の頃より今日まで、すでに百年も隔たっている。昔より次第に世間の人たちは身分の高下貴賎に関係なく、人々の身持ち、家の暮らしも意識しないまま贅沢になり、今はその奢りが風潮ともなり、世の常識にまでなっているのだから、これを止めることができない。

 その理由は前に述べたように、元来制度がないまま徳川の御代が始まり、人々の暮らしは何かと物入りが多くなった。一例を挙げると、使用人たちの給金が高値になったことである。彼らの暮らしを見るに、伽羅(きゃら)の油・元結(もとゆい。俗に「もっとい」)を調え、刻み煙草を買い、身元引受人に判銭を出し、口入屋に口入銭を出し、住み込みの奉公先がなくて宿に長く逗留すれば宿代を払うが、諸物価も値上がりするから払う銭も多い。奉公人は粗末な布子(ぬのこ)・帷子(かたびら)を着るが、これもまた昔より値段が高い。酒屋に樽拾い御用というのがあり、庶民はこれによって酒を入手することが自由であることから、特に寒い時期は寒気を防ぐために買って呑む。こういったいろいろな物入りを合わせると、とても給金だけでは足りないのである。


[語釈]●判銭 もともとは捺印による手数料のことで、やがて手数料・取次料を指すようになった。 ●布子 もともとは麻布の袷(あわせ)・綿入(わたいれ)のこと。江戸時代では木綿の粗末な綿入のことをいう。●帷子 裏地をつけない衣服。単衣(ひとえ)。 ●樽拾い御用 樽拾いは得意先の空の酒樽を回収すること。酒屋の小僧の仕事のひとつ。御用はここでは御用聞きのこと。これも小僧(丁稚)の仕事、合わせて、空の酒樽を回収しながら注文を聞くこと。


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