政談158

【荻生徂徠『政談』】158

(承前) その上、昔は村々で銭が払底し、一切の物は銭で買うことはせず、米や麦で物々交換をしていたことは、私が田舎にいた時に知った。近年の様子を聞くに、元禄の頃からは田舎にも銭が行き渡り、銭で物を買うようになった。されば、このようにみだりに米や麦を使う田舎でも年貢の収納の量を百姓は知っているのだから、百年に一度の大豊作などと思うことはまずなく、ただ値下がりしたのを受けて言ったのを、不案内な城下の人が耳にして鵜呑みにしてしまったのである。


[解説]現代はお金万能で、仮想通貨なるものまで登場したが、とにかくお金によって売買するのが当たり前だし、そういう世の中になって久しい。しかし、江戸時代は貨幣はあったものの、特に庶民生活の間では物々交換も広く行われており、有名なものとしては、江戸の武家や町人たちの排泄物(し尿)が下肥(しもごえ)として使えることから、江戸近在の農民たちがそれを回収して、お礼として農作物を置いていった。これはむしろ極端なものといえるが、農民はふだんお金を持ち歩かないし、必要もないから、し尿をお金で買うとなるとお金を用意しなければならず、これは大変なこと。それよりも、収穫した農作物の一部を謝礼として渡す方が楽だし、武家にとってもいちいち買わずに済むことから、この仕組みはかなり流行った。また、寺子屋は決まった授業料というのはなく、教わる子の親の気持ちでよかったが、これも農民なら農作物を束脩(そくしゅう)代わりとして師匠に進呈した。武士の俸禄はごく下級の者を除いては米の現物支給で、これを金に換えて生活費とした。実に、米が貨幣よりも重い通貨だったわけです。


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