政談157

【荻生徂徠『政談』】157

 ●金銀銭員数減少する子細の事

 金銀の数が減少すれば世の中が困窮するというのは、金銀をたくさん持つ者の財産が半分になるために、金を出して米を買うこともままならない。そのため米価が下落し、武家も百姓もみな財産が減り、世の中全体が困窮するのである。それなのに、ある年に大変な豊作となったから米価も大幅に下がったと言う人がいるが、それは世の中全体のことを理解していない愚昧な人の言うことである。但し、豊作になれば米価は安くなるはずというのは、確かにそういう事情も少しは影響することがあろうが、全体としてはほとんど影響しない。

 ある年の豊作について、これは百年に一度の大豊作だなどと言うことがあるが、どういった証拠でそう言えるのだろうか。買物にしろ売り物にしろ、各家で帳簿に記録しておくが、それでさえ五、六十年前の物価を覚えている人はいない。ましてや田地より収穫する米の量を帳簿につけている百姓などなおさらいない。ただ、二、三十年以来の豊作がことのほか安くなったことから、百年来の大豊作だと騒ぐのである。私は田舎に住んで思うには、百姓ほど締まりがなく、はっきりしない者はない。米がよく取れた秋は米ばかり食べ、麦がよく取れた秋は麦ばかり食べ、年貢に納め、残った分は種もみとして残すといった料簡がない。こういった者たちが、どういう理由で百年に一度の豊年だの、二、三十年来の豊作といった確かな記憶があるだろうか。ありはしないのである。


[解説]農民を見下したような言い方をしていますが、決してそうではなく、自身も10年以上農民たちの中で暮らしただけに、時には厳しく指摘することもあるわけです。「田地より収穫する米の量を帳簿につけ」るというのも、納める年貢の量は決まっており、それさえ守ればいいということにばかり思いを致し、毎年どれだけ実際に収穫したのか、その量を記録せず、年貢以外の分をせっせと食べてしまうから、どういう時に豊作となるのかといった情報をむざむざ捨ててしまっている。凶作については台風だの冷害だの虫害や病気といったことで原因がわかりやすいものの、豊作の場合はただ「今年は天候に恵まれてよかった」としか思わず、本当にそうなのかどうかを検証しない。学者の徂徠らしい緻密な考えです。


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