政談154
【荻生徂徠『政談』】154
(承前) 商人の勢いが盛んになれば、商人の心は職人や百姓と異なり、苦労せず居ながらにして利を儲けることばかり考えるが、さらに悪知恵を働かせて、商売をせず、手数料を取って暮らす方法を編み出し、近頃ではそれがますます上手になり、仲間で組合を作り、元締めとなるから物価は一向に下がらない。このような才覚、悪知恵は商人ならではのもので、奉行や役人らが理解できない所である。
[解説]商人の世界も厳しく、楽ができるのは大店(おおだな)の主人や隠居、若旦那ぐらい。しかし、当時の一般的な通念としては、商人は農民らのように汗水流して働かず、居ながらにして儲け、物価を下げるなどして社会に還元することもしないあこぎな者だ、というもので、徂徠もまたそういう認識でした。商人にもいろいろあり、利益は度外視して創意工夫をして商品開発をしたり、橋を架けたり道路を整備して地域に貢献したり、さらには貧しい学者らに援助して思う存分打ち込ませて大成させたといった篤志家もいたものの、一般的には自分の儲け第一という主人が多く、同業者らと組合を作って物価が暴落しないように、むしろ少しでも高くする操作ばかりしたため、世間の反発を招くことになったものです。同業者同士が助け合うのはよいとしても、そのために物価にいろいろ転嫁するのでは消費者はたまったものではない。暴利取締令を幕府はたびたび出し、悪質な店は取り潰すこともしたものの、こうなると同業組合も黙ってはいない。しまいには困窮している大名が借金の申入れをしても結束して拒否するといった対抗手段まで。時代劇では武士が強く出て商人をいじめることもよくあるものの、現実には身分に関係なく、金を借りる者は立場が弱くなり、貸す側は強くなる。このため、大名に対しても借金はしないように呼びかけるが、幕府が融資するわけではなく、財政のことは大名の自己責任。破産すればそれまで。そんなことは回避したいから、こっそり借金をする武家が絶えない。商人は悪知恵ばかり働く連中だから、対応する奉行や役人たちはその心理に通じている必要があるということです。警察が悪人の心理に通じている必要があるというのと同じ。
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