政談151

【荻生徂徠『政談』】151

(承前) さらに、使う物が多いために高値になる。使う物が多いというのは、しっかりした制度がないからである。元来、身分の高い人は上等な物を使い、低い人は粗悪な物を使う。この状態が維持されている時は、物価は安定している。今は身分の低い人までが上等な物を使うために品薄となり、値段が高騰する。身分が低い人たちまでもが上等な物をなぜ使うのか。江戸城下に集まって来た人たちはもともと田舎の人で、麦や粟、ひえなどの雑穀を食し、濁酒を飲み、味噌を食べない。すくも火を焚き、麻・木綿を織ってそれを着て、莚(むしろ)や菰(こも)の上で寝ている。そういった人たちが気ままに城下に来て、毎日米や味噌を食し、薪を焚き、炭の火にあたり、衣服も買い調え、よい酒を飲み、田舎にはないような障子を立て、天井を張り、唐紙(からかみ)を貼り、畳を敷き、蚊帳(かや)を吊るといったことをぼてふりのような行商人までもがする。少し良い暮らしをしている町人などは、衣服・食事・住居・器物まで、金さえあれば大名同様にして、誰もとがめる者がない。このようにいろいろな物を買い集めて使うから、物価が上がるもの当然である。


[語釈]●すくも火 地方によって意味(素材)が異なっているが、籾殻・葦の根・枯れた萱や葦・泥炭などを使って燃やす火。 ●莚や菰 現在ではどちらも同義で使われている。こも。ござ。むしろ。莚(エン)は竹冠の「筵」と同じ。莚は草の名を示すというが、不詳。字の成り立ちは草冠に延(エン)の形成文字で、草が延びること。菰(漢音はコ、呉音はク)は水草のまこも、かつみぐさのこと。この字は日本では「こも」の訓が与えられ、ござ、むしろとして使われている。原義は別でも日本では通じて使われることがよくあり、莚・菰(薦)もその例。漢学者は字義にも通じており、とくに碩学鴻儒の徂徠は莚と菰はわざわざ別にした。恐らく、神を祀るための敷物と、農民らが敷物や寝具などに使う上等・下等によって分けたのだろう。しかし、ここではどちらも「田舎の人」が「寝ている」ものという意味に使っており、同義で下等なものだから、わざわざ二字を並べる必要はない。一種のこだわりといったところか。 ●ぼてふり 原文は「ぼていふり」。方言にいろいろある。下図のように棒(天秤棒)の両端に荷物を振り分けて担ぐ器具。棒で前後に振り分けるところから棒で振る、ぼてふりとなった。転じて、このように移動して商う人のこと。絵は「絵本太功記・夏祭浪花鑑」より泉州堺の魚売り。摂州尼崎もまた同じとある。


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