政談136

【荻生徂徠『政談』】136

 ●諸大名の困究を救う事

 諸大名の財政も同じである。財政状態が困窮する原因は、隔年ごとに江戸詰めをするため、城下を晴れの場と思い、産物をすべて金に換えて江戸で使い果たしてしまうといったことが大名の習慣になってしまっているからである。江戸で見栄を張って奢るために、江戸の物価が高くなればさらに高い買い物をし、支出が激しくなる。慶長・寛永の頃までは、幕府は諸大名の謀叛を警戒し、御老中らが謀ってできるだけ金を使わすようになされた。御老中が諸大名より金品を取ることがご奉公であると思い、遠慮なく取ったとのことである。綱吉公の御代には諸大名に普請土木工事を盛んに命じたので、諸大名はますます金を使い、お上の御威勢の激しさに恐れをなして、自分の藩の困窮をも顧みず、京・大坂の町人より金を借り、返済もままならず、利息も滞ってしまうためについには町人たちも金を貸さないようになる。これに加えてさきの新金銀通用令による通貨の収縮が大不況をもたらし、大名の困窮ぶりが一層ひどくなった。今は大規模な倹約さえもすることができず、家中に十分な俸禄が渡せない例も多くなっている。

[注解]続いては大名の財政悪化について。参勤制度のために基本的に隔年ごとの江戸詰めを大名が強いられるため、道中および江戸滞在にかかる支出は莫大なもので、少しでも倹約しなければならないのに、値切ったり安物を買うのは藩の体面にかかわるといったことから言い値で買い、同じような品物でもわざわざ高い方を買う。これでは財政がもないのは当然。幕府創設の頃は外様大名が謀反を起こさないようにわざと財政を悪化させるためにさまざまな搾取をしたものの、いつまでもそんな乱暴なことをしては反感を買うばかり。5代綱吉は諸藩に江戸城をはじめさまざまな公的な建物や道路、橋、河川などの工事を命じ、これによって藩の弱体化とともに、交通網の整備といった一石二鳥をねらった。請負った工事がいいかげんだと藩の責任となり、最悪の場合は改易ともなるため、費用を惜しんで手抜きをすることもできない。参勤と公共工事の夫役でさらに困窮。

 これに加えて吉宗は悪貨を駆逐するために良貨を大量に発行。良かれと思った政策だったものの、古い元禄小判など2両と新しい小判1両を交換するといったおかしなことをしたために貨幣価値が半減。物価を高騰させ、武家も庶民もさらに困窮することに。徂徠もこれには呆れ、何度も憚ることなく批判しています。


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