政談132

【荻生徂徠『政談』】132

(承前) 昔、武家がそれぞれの国々に住んでいた時のようでなければ、どうして武士としての務めを果たせようか。今はことごとく城下の町人たちの手に渡って町人らが儲かるようになったため、武士としての務めも忘れて粗野になっている。今、公儀の同心らに所持させている鉄砲は役に立たない。同心どもは自費で町人に頼んで鉄砲を作り直させ、鉄砲の練習をする。こういったことも今の武士は不案内なため、あってはならないことである。鉄砲が撃てると自慢する人に「煙硝はどの国から産出されたものか」と聞いてみるが、誰も知らない。そもそも煙硝は土から採取することすら知らぬ。泰平の世だからなんでも買うことができるが、知識も技術もない者ばかりとなり、楽を求める世とはなってしまったことである。


[注解]江戸時代は徹底したリサイクル社会で、履き潰されてボロボロになったわらじから、かまどの灰まで回収する業者がいた。もちろん、糞尿は下肥(しもごえ)として農業の必需品だったから、近在の農家の人たちが来ては回収し、お礼として野菜を渡した。そのかわり、当時の人たちはお腹の中にサナダムシなどの寄生虫がいるのは当たり前でしたが。煙硝は民家の床下の土からも微量ながら採取できた。人の住む所は毛髪や爪、垢などがホコリなどとともに蓄積され、これが時間の経過とともに変化して煙硝となったらしい。煙硝の原料は硝石で鉱物ですが、元は塩化カリウム。食用にもなるものですが、人体にも不可欠なもので、食材のゴミなども床下に堆積し、粉末状の硝石ができるらしい。よくぞこういうものを見つけたものです。しかし、こういう知識があったのも庶民たちで、武士は無頓着。武器といえば持ちたがり、使いたがるばかり。自分たちで役に立つものを作ったり、作らせるというのは戦国までのこと。泰平の世では刀剣も飛び道具も甲冑も出来合いのものが売っているため、金のある者は名工によるワザ物を作らせるものの、オーダーをするにも自分たちには知識がないため職人、刀工まかせ。昔は作らせる武士も実際に使用したからいろいろ指示できたものの、江戸時代も中期になると首切り役人でもない限り刀を実際に使うこともないし、鉄砲も同じ。そのため、万事職人まかせで、言い値で買わされる。こういったことを徂徠は嘆いているわけです。絵は泉州堺の鉄砲鍛冶。


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