政談109

【荻生徂徠『政談』】109

(承前) 武家が知行所に定住すれば、諸事みなこのように不自由なために人の心は「たねく」、何事も年月をかけて心をこめて成就させるようになるが、城下は自由かつ便利な上にせわしなく、急に間に合わせる風俗で、何事も当座をしのぐためにするから、上下ともに損失が積もっていかんともし難い。このように積もり積もったおびただしい損失を顧みないのは、当分の間さえよければいいという気持ちから起こったもので、金がなければ当座の間に合わせをすることもできず、金があれば急いで物を買い調えて糊塗し、金が最も大切なもので、これで今日がうまく成り立つならと商人にすがって今日を乗り切る状態である。


[注解]●「たねく」 意味不詳。徂徠の言う田舎の人たちの気風の状態を言っているであろうことは前後から推測できるものの、他に用例のない言葉で、江戸語辞典類にも採られていない。「たね」(種)はたくらみの道具、手法、口実といった意味がある言葉だが、「たね」を形容詞として「く」活用した語とすると、文法上は理解できなくもないが、どうも意味がしっくりいかない。「苦は楽の種」という格言を「種苦」と縮めた言葉あるいは方言があるのだろうか。この場合、田舎は何かと不自由するが、それだけに人々はねばり強く作り上げ、よいものができる。田舎の人の心は苦を種とすることをいとわない、何事もたねくなる、となり、前後がよく通る。「たねく」と「せわしなく」(どちらも原文)は言葉として照応しているから、対義語なのだろう。


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