政談108

【荻生徂徠『政談』】108

(承前) また上総国松が谷という村に釈迦堂がある。飛騨の工(たくみ)が建てたと言い伝えられている。棟札を見るに四、五百年にもなろうか。飛騨の工というのは、飛騨の国出身の大工の総称である。その時分には上総の国中には大工がいなかった。飛騨の大工が上京して公儀の仕事を勤める者もあれば、諸国を廻る者もある。行く先々で仕事を請け負い、木取りをしておき、さらに五里十里と別の所へ行っては仕事を受け、最初に請け負った普請用の木がすっかり枯れた時分にその土地に戻り、木を削り、一通り製材を済ますと次の所へ行って同様のことをする。このため、一つの普請に二年も三年もかかる。貫を差し込む穴を内ぶくらに彫り、貫を少し太めに削って打ち込むから、くさびが要らない。年を経て風雨にあたると貫が湿って太くなるから、柱も貫も髪の毛ほどの隙間もなく、まるで一つの木のようになる。その丈夫なことは言うまでもない。飛騨の工はくさび一本で締めるというのはこの事を言う。


[注解]時間をかけて丁寧な仕事をする例として、徂徠が実際に見た飛騨の工の技法を挙げて説明しています。柱と柱の間に横に渡して繋ぐ貫について、柱にくり抜く穴よりも差し込む貫の部分を少し太めに削り、叩いて打ち込む。時間の経過とともに柱も貫も膨張して完全に隙間が無くなり、くさびを打ち込む必要がなく、柱と貫がまるで一つの木のような状態になるという。


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