政談107

【荻生徂徠『政談』】107

(承前) 器物もまた同じで、我が家に、父方の曾祖母が伊勢で作らせた朱塗りの椀道具がある。祖父より父へ伝え、父より私に伝えられたものである。百年以上経つが朱色が褪せることもなく、疵もついていない。とても丈夫である。私は上総の田舎で百姓が重箱などを作るのを見たが、塗師は一人だけで不自由なものであった。上総の国中あちこちで雇われては細工をする。一カ所に二、三十日ほど滞在して塗り、それから別の所へ行き、漆が乾いた時分にまた来て蒔絵(まきえ)をする。その漆も注文主が別に買い調えて塗らせ、下地も兼ねて望み通りに作らせてしかも丈夫である。また、ある旗本の家が三河に居住していた時、娘の縁づきのためにその娘が四、五歳の時分より準備として、毎年一色ずつ諸道具を作らせたのを私が幼少の頃に見たことがある。いずれも自分たちで作らせたものだからとても丈夫である。


[注解]城下のような消費地は出来合いのものを買って間に合わせるが、粗悪な物や、法外な値段がついたものでもとにかくすぐ必要だからと買ってしまい、すぐにダメになる。地元で時間をかけ、気に入った材料を用意し、模様なども指示して時間をかけて納得ゆくように作らせるものは丈夫だ長持ちする。作る人、使う人、双方の顔が見える売買がよい。だからこそ、本来の居住地、知行所に定住すべきだ、ということ。


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