政談98

【荻生徂徠『政談』】98

(承前) されば、上下の困窮を救う道といっても、別に奇妙な術があるわけではない。ただ、古の聖人の制度にはあって、今の世には欠けているものがある。これをよく考えて改めるのが一番よい。それはどのようなものかというに、古の聖人の政治の大綱は、上下万民すべてを土着させて、その上で礼法制度を立てることである。今はこの二点とも欠けているために上下が困窮するといった病も出来した。本書の一巻で述べたごとく、上下みな知行所、実家の土地を離れて城下に住むことはまるで旅宿に泊まるようで、聖人がすべての人を土着させたのと、今はそれをしないといった違いがある。一切の事に制度がなく、衣服より住居・器物まで、貴賎の階級によるけじめがないために、奢りを抑える手立てがなく、すべてが乱れている。これが、聖人が礼法制度を確立してから政治を行ったのと現在がまったく裏腹な点である。

 制度の事は後述することとして今は措く。まず旅宿について言うと、諸大名は一年交代で城下に詰めることから、一年間の宿泊である。妻は江戸常住であるから、常住の宿である。旗本の武士も江戸常住だから、常住の宿だ。諸大名の家中も多くは城下に集まり、それぞれの知行所に住まないのだから、これもまた江戸が宿であり、近年はこのような家来が増えつつある。およそ武士と言われる者で城下が宿ではないのは一人もない状況だ。


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