政談93

【荻生徂徠『政談』】93

(承前) 畢竟、さまざまな問題は困窮より生ずるものである。国が困窮するのは、病人が元気がなくなってしまうのと同じ。元気がなくなれば病を生じ、やがて死ぬのは必然の理である。元気が盛んであれば、どんな大病をしても療治できる。だから上医は必ずまず病人の心を元気づけるし、昔から国を良く治めている為政者は国が困窮せぬようにとまず心がけるものである。国を豊かで富むようにすることが政治の根本である。だから、今は何を差し置いてもまず上下の困窮を救う道を考え実行しなければ、その他のことはなにもできないのである。


[注解]以上が第二章の序にあたる段。原文のまま「国」が困窮せぬように、と訳しましたが、もちろんこれは民を指します。国が富み強くなるという考えは明治になって国家権力によって推し進められたもので、江戸時代というともっと権力が強くて民は虐げられているような印象が蔓延していますが、さまざまな税が徴収され、兵役まで義務化されて命の保障がなくなったのは明治以降で、江戸時代は武士が兵役を負う代わりに、庶民は年貢を納めて身の安全を守ってもらうという社会でした。兵農分離については疑問を呈する人もいますが、長州のような過激な一部の藩でのことで、少なくとも一般庶民は徴兵などということとは無縁でした。

 その庶民から上の武家まで、困窮しては社会全体の活気活力が失せ、夢も希望もなくなり、刹那的な生き方をし、憂さ晴らしの矛先を弱い者に向ける。決して強者、権力には向かわない。だからわざと困窮させる、というのが今の風潮のように思えてならないが、真の為政者はそんなことは考えもしない。困窮している人たちを救いたい、それによって社会全体を明るく前向きにしたい、そう思うものです。どうも心が陰険陰湿な為政者というのは社会全体をも険悪なものにしなければ気が済まないようで、明るくて度量の大きい為政者は皆と楽しくありたいと願い、それを喜びとするものです。

過去の出来事

過去の本日の朝廷や江戸幕府の人事一覧、その他の出来事を紹介します。ほかに昔に関する雑記など。