政談82
【荻生徂徠『政談』】82
(承前) 歴代の乱を考えてみるに、世も末になるにしたがってどのようになるか予測もつかない。武家が知行地たる田舎に住まず、関八州が明地のようになったため、バクチ打ちや馬盗人のような悪人どもも多く関八州から出て、遠国までも行って悪事を働くようになった。武家が田舎に居住すれば衣食住に金がかからないから、武家の身上も正しくなる。総じて奢りは家内より起こるものである。武家の妻女も城下に住めば次第に贅沢になって我が身を甘やかし、病気にもなりやすくなるため、生まれる子も柔弱になり、御用の役に立たぬ者となる。田舎に住んでいれば機織りなどをしてよく動くから、体が強くなり、奢る気持ちも薄くなるから、武家の妻女らしくなる。男子も広い野原などを駆け回るから手足が丈夫になる。親類や親しい人らと話をしたり用事がある時は五里や三里の道を常に歩くから、馬さえも自然とたくましなる。飼育料も安く上がるから、二、三百石の身分でも、五匹や十匹好きなだけ持つことができるのも田舎だからである。平生隙であれば、武芸や学問を修めるのも、田舎ならば遊ぶところもなくて打ち込むことができるから、江戸よりはるかによい環境である。家来に田地五石、十石与えても、収穫をすべて自分のものにしてしまうゆえ、五石は十石、十石は二十石となる。その上に田舎暮らしであるから、五石は二十石となり、十石は四十石となり、いずれも豊かで数多く持つから、軍役の心構えもしっかりしたものになる。
[注解]明地 あけち。犯罪者から没収して官有とした宅地・屋敷。重い罪には付加刑として財産没収がよく行われた。
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