政談80
【荻生徂徠『政談』】80
(承前) 上総(かずさ)の国に新門徒というものがある。日蓮宗の一派である。その始祖は豊臣秀頼(ひでより)卿が帰依された僧で、上総より上方へのぼり、計略や策謀の相談相手となり、徳川家を調伏(ちょうぶく)した罪で御仕置きになった。この僧は上方から金銀を得るために上総の百姓に上人号を許し、曼荼羅(まんだら)を伝授した。次第に俗人たちもこれを請け伝えるようになり、この者らを新門徒と呼ぶようになった。檀那寺はあるが寺は使用しない。死者が出ると、檀那寺の引導を渡した跡で火で打ち清めて、その俗上人が引導を渡し直す。金を出して人をだまし、その宗門に引き入れる手口は切支丹のようである。檀那寺へは一年にいくらと決めて米を送り、寺へ出入りする者はいない。乱行の僧は檀家らが来ないのを喜んで住職の真似事をするという。最初は一、二カ村だったのが、最近ではおびただしく広まり、数十カ村に及んでいると聞く。このような事態も届け出る者がいない。田舎ではなおこういった類が多いことだろう。しかし百姓たちは物入りを嫌い、江戸で詮議を受けるのを恐れて届け出ようとしない。田舎の人たちの心情である。何事も城下では知らぬ事で、当分は何もないであろうが、飢饉が続くようであれば、夜襲や強盗が田舎で盛んに起きることになろう。
[注解]●曼荼羅 極楽世界の様子を描いた絵。梵字など文字で表したものもある。
ここに言う僧(ニセの僧)が具体的に誰かなのは不明で、秀頼がこのような僧に帰依したという事実も確認されていません。
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