政談31

荻生徂徠『政談』】31

 〇戸籍の事

 戸籍とは人別帳のことである。しかし、今の人別帳とは違う。今の人別帳は正しい人別帳ではなく、着到帳(ちゃくとうちょう)の類である。人別帳というのは、その村の家別けを記載し、家ごとの亭主をはじめ家族の人数を譜代の者まで残らず記し、嫁を取れば嫁も記し、養子を取れば養子も記し、他家へ嫁に行けば除き、子が生まれれば年月日を記し、死ねば何月何日に死すと記す。出家する者があれば仔細を記して除き、師の寺の人別帳に載せる。出替り奉公人は載せない。その者の在所の人別帳に記載されているからである。名をみだりに変えてはならない。年齢も生まれた時に記すから、偽りをすることはならない。武家も同じ。寺も同じ。但し、別の寺の弟子がしばらく滞在、修行する者については記載しない。着到帳というのは勤番交代の帳で、もとは軍中においてその時点で参集している人を記したものである。檀林へ集まる僧も、よそより来た旅人も、人別帳は本在所・本寺にあることから、移動先の記録はみな着到帳である。その村の者がよそへ行って長逗留しても、いずれは帰るのだから、人別帳からは除かない。


[注解]●着到帳 律令制の古代において官署で備えた出勤簿。のち、軍事行動を起こすにあたり参集した武士の名を記録した帳簿としても使われた。 ●檀林 栴檀林(せんだんりん)の略。僧らを集めて仏教の学問をさせる寺院。ちなみに、曹洞宗が1592年(文禄元年)に設立した吉祥寺の学寮(吉祥寺会下学寮)を起源とする旃檀林(1657年命名)が発展して駒澤大学となった。

 「戸籍」は古くからある言葉で、徂徠も使っているように、家(戸)を単位として登録(籍)することで国家がすべての国民を掌握する制度。これは世界的に存在するものではなく、東アジア内で広まったもの。現在では日本と中国だけで、中国は形骸化している由。日本だけが厳然と存在しています。この可否の議論がなされぬまま、更にマイナンバーなるもので重層的に国民を管理し始めているのだから、すでに国家の意のままの状態にあるわけです。それはさておき、徂徠は戸籍を整備する一方、着到帳のような今そこにいる者たちを記録した帳簿は重きをおくべきではないことを説いています。仕事や学問、所用によるよその土地への滞在は一時的であり、現地での記録は本人の把握としては使えない。いつからいつまでそこにいた、という記録にはなっても、本人を確実に掌握するには決められた土地に固定させることが必須で、そのための戸籍がなによりも大切だ、ということで話が説き起こされていきます。この段はとても長く費やされています。つづく

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