政談28

【荻生徂徠『政談』】28

(承前) 現在の仕方は治めの根本に立ち返り、今の柔弱な風俗をもととしながら昔の姿をもう一度とらえ直して法を建て直すしかない。治めの根本に立ち返って法を建て直すというのは、三代の昔も、異国の世々も、また我が国の昔も、治めの根本は、とにかく人々を土地に定着させること、これが治めの根本である。人々を土地に定着させる方法は、戸籍と路引(ろいん)の二つである。これにより、世界に隠れる者はなくなる。それだけではなく。世界の人々に紐づけをするためすべてがお上の把握するところとなり、お上の思うままにできる方法となる。この方法が無ければ世界中の人は勝手気ままとなり、お上は把握することができない。されば、世界の万民を手に入れるのと入れられないとの違いは戸籍と路引であり、これが治めの根本である。


[注解]●古代中国の夏(か)・殷(いん)・周の三王朝のこと。殷は存在が確認されているが、夏はいまだ文献上のみで伝説の域を出ていない。 ●路引 旅行用の通行手形のこと。旅行許可証と身分証明を兼ねた。戸籍(人別帳)に登録されていないと発行されないのは現在の旅券と同じ。

 欠け落ち・逐電の取り締まりの段の最後。悪人や脱藩者、実家の村や城下から逃げ出した者が江戸や大坂に偽名で隠れ住み、大名屋敷や商家で雇ってもらう行為をなくすには戸籍を完備し、手形のない者は通行させず、大木戸から府内へ入れないようにするのがよいと説く。戸籍も手形も公けが管理するものだから、全国民の存在から移動まですべて把握できるということ。国民の管理・監視にもつながるので不快な気もしますが、幕府や藩がその者の身元を保証し、それにより古くは禁止されていた旅行も出来、他国にいても逮捕、拘引されることがなくなったのだから、これは時代の前身です。徂徠はさらにこれを徹底することで身元を偽る者をなくし、身元が不確かな者(無宿人=住所不定者)がいれば都市の水際で捕捉するように提案したものです。昔であれば即座に斬り捨てたり、恥を知って匿う者もいなかったが、世の中が柔弱となり、今更そんな無謀なことを認める時代に戻すこともできない。そこで、法を厳格にし、法によって取締り、法によって処罰することが時代の風潮にも合い、すぐにも実施できるとしたわけです。中国でも日本でも、発見された木簡や竹簡といった古記録では戸籍関係が多く、役所の重要な仕事として位置づけられていたことがわかります。税の徴収にしろ何か施しをするにしろ、管轄する区域にどれだけの人がいるか、生産力はどれぐらいあるかといったことを把握していないと、役所の仕事は何ひとつできない。住民のことを第一に考えるのが名君、住民から搾取し酷使するのが暗君。同じ為政者でも違いが雲泥の差ほどありますが、住民の把握は行政の根本。徂徠は次の章段でこのことについて更に深く、詳しく持論を展開してゆきます。

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