政談24
【荻生徂徠『政談』】24
(承前) なぜいたずら者たちが楽をする世の中になったのか、原因を考えてみるに、制度が確立していないからである。とはいえ、昔は欠け落ち・逐電の類はそのままにせず、探し出しては成敗した。これが武家の習慣だったからである。他国へ逃げれば直ちに追いかけて仕留める。武士は常に打替え袋に米と銭を入れ、草鞋(わらじ)を括りつけておくことを心掛けているのは、いつでも指示があれば直ちに追いかけるためである。江戸城下であれば、箱根や中山道の碓氷(うすい)の関所へ役人を急行させることは今も行っているが、寛文の頃まではどの武士でもすぐに動いたものである。法が未熟だったものの武風が激しかったために欠け落ち・逐電の類は少なく、たとえ江戸へ来て隠れ住むことがあってもそのままにさせておかなかった。公法よりも武士の風儀がよかったから、欠け落ち・逐電をした者に対しては幕府や藩からの指示を待たず、親類らが探し出して成敗した。それだけ恥を知っていたからである。
[注解]●打替え袋 もとは打飼(うちかい)袋のこと。鷹狩などの時に餌を入れて腰に巻き付けた袋。次第に米や銭などを入れて胴巻きとして携帯するようになった。旅の必需品。
戦国から江戸初期にかけていかに荒々しかったかがわかる一節。法治主義の徂徠ですが、公法よりも身内で不心得者を成敗した往時の武士の風儀については評価しています。最後の部分は原文では「恥を知りたる故也(ゆえなり)」。恥を知る、という言い方、観念がこの頃にあったことが分かります。ただし、ここでの恥はあくまで藩やお家の外聞が悪くなるから不心得者を公法による裁きを待たずにさっさと成敗する、かたをつけるということで、組織防衛そのものです。しかし、たとえそうであっても欠け落ち・逐電の類は少なかったのであれば風儀が公法よりも抑止効果があったわけで、徂徠はそれを前提としてさらに話を進めます。
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