政談16

【荻生徂徠『政談』】16

(承前) さて、人を雇い置く者は手形一枚を証拠とし、ただ何町の誰店ということだけを元に雇い置くことになっているが、元来、これはその身元が不確かなのを構わず公の法によって雇うもので、先々前代将軍(綱吉)の御代に、請け人の家主に係る事は無理なようであるが、元来、雇われた者の目当てとするところで、このようになるように法を定めたのだから、無理とは言い難い。しかし、請け人は請けをするが家主は雇い人のことをよく知らないという点から見れば、やはり無理なようである。家主は店賃(たなちん)を取るために氏素性も知らぬ者でも店を貸すようになったことから悪事をしでかす者が出るようになったのだから、公の法は家主にも及ぶべきである。元来、その法の立て方がよくないために、さまざまな悪知恵、悪事が起こり、裁きをいろいろ工夫しても家主のためばかりとなり、請け人の悪事は変わらない。これはつまり、よろしからざる法をそのままにして、裁きで対処するために、いくら裁きで防ごうとしても行き届かないのである。


[注解]身元引き請け人さえいればどこでも雇ってくれる、という仕組みは現在よりもはるかに就職しやすい制度です。結局、これも住所不定無職、身寄りのない者を多く出せば社会不安が増大し、幕府にとって不満分子の存在は一番恐れるところなので(彼らに味方する外様でも出たらそれこそ大変)、孟子の「恒産無くして恒心無し」の教えを政策の根本とし、手形(証明書)一枚あれば氏素性の分からない者でも原則採用するといったことが綱吉の時に確立した。ところが、いつの世にも想定外の事態が起こるもので、簡単に採用されるのを逆手にとり、しばらく働いたのちにその店の金品を持ち逃げする者が出てきた。しかも、請け人も結託する事例も増えた。2人とも行方不明になってしまうと、家主の取られ損となる。容疑者がいないままでは裁きのつけようもなく、そういう者を雇ったのが悪い、といっても、制度として手形さえあれば拒否できないし、そもそも人手が欲しくて雇ったのだから、その点では家主も得をした。得をした点と、損害の点を比較すれば、もちろん損害の方が大きい。そこで裁きによって家主を救済しようとはするものの、もともとそこまでする制度はないし、根本的な法律が整備されてない以上、この悪事は続いてしまう、ということ。では、どうすればよいか。このあと、徂徠の案が提示されます。つづく

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