政談15
【荻生徂徠『政談』】15
(承前) 元来、出替り奉公人というのは最初は田舎から起こったものである。田舎で請け人となるのは百姓で、どの村の誰の支配の者であるかといった身許が確かな者である。百姓であれば田地屋敷を持っているため、それらを捨てて逃げることはない。親類もその土地に固まっており、先祖代々そこに住んでいるから身許は確かである。だから田舎では江戸のような事は起こらなかった。田舎だからこそ通用する法を江戸の御城下でも行うから行き届かない。御城下の町人は人別帳(にんべつちょう)はあるものの、店を追い立てたりみずから店を変えることが自由である。この町人らは元来他国より集まった者たちで、親類も当地にはおらず、その町人の経歴や素性は誰も知らない。奉公人はみな田舎から出て来た者で、請け人はその者と知人でなくても請け人になる。このために間に人主(ひとぬし)を立てて仲介するが、人主でさえも定住しない有様である。
[注解]●人別帳 正しくは宗門人別帳。もともとはキリシタン封じのため、すべての人々はいずれかの寺社の檀家となり、それを記録したもので、戸籍として活用された。なお、一向宗(いっこうしゅう)も独立した宗派としては認められず、強制的に時宗の下に置かれた。戦国時代の一向一揆によりこの宗派が過激で危険であるといった印象が江戸初期に強く残ったため。 ●人主 請け人に対して奉公人の身許保証をする人。親兄弟でもよいが、五人組制度を活用して町役人(店の主人)などが形式的になることが多かった。現在は特に安定した収入がない人ほど保証人になる人を探すのが大変だが、この点では江戸時代のほうが必ず誰かが保証し、鰥寡孤独の者を出さず、助けるといった考えが行き渡っていたから、保証人で苦労することはなかった。
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