政談6
【荻生徂徠『政談』】6
(承前) さらに問題なのは、与力・同心の俸禄が少ないことである。昔はこれでも生活をするのに楽であったが、近ごろは物価が高くなり、どの身分も暮らしに難儀しており、同心に至っては妻子を養うこともできない。そのためにいろいろやりくりをして、俸禄の範囲でなんとか妻子を養い、家を持ち、なんとか御番勤めを果たしている。御番といっても、月に三日だけである。それでもやっと勤めができる状態。
しかるに、僅か一組か二組で盗賊を捕縛しなければならないために、連日昼夜にわたり与力も同心も外へ出てあちこち回らなければならず、衣服も家に居る時と同じわけにはいかない。草履、わらじ、弁当など必要なものがいろいろある。やりくりしようにも余裕がない。俸禄は足りないのに、どのようにして父母や妻子を養えというのか。このような困窮している者に刑罰の権限を預けるのだから、賄賂を取って手心を加えようとするわけである。
どのような立派な人物を盗賊奉行にさせても、その配下の者たちが末永く私心なく勤めをする仕組みはいまだかつて無い。これは上位に就いておられる重役の面々がみな大名で、生まれながら裕福な方ばかりであるために、どれだけ才智があっても下情に疎く、庶民の暮らし向きを知らず、学問教養もなければ和漢の古法も知らないために、どのように考え合わせていいのかが分からず、ただ従来の型、前例に従うばかりで、道理の行き詰まる所は従来の方法では無理ということさえ分からない。
[注解]いかに徂徠が庶民のことを第一に考えているかが早くも登場しました。学者というのは本の世界にさまよい、世情の事に関心もなければ無知でもあり、そのために冷淡な堅物が多いといわれていますが、あくまで学問の考究、進歩のために尽くすのであれば、そういう性格や態度でも良いでしょう。しかし、学問は学問のためにのみあるわけではない。それを実生活に役立てなければ死学問です。物理や数学でさえ、それを活かしてさまざまなことに役立つ。徂徠は学者の殻に閉じこもらず、為政者の態度で、下情をなによりも大切に考えていた。だから、決して上から目線にはならない。庶民の平和な暮らしを守るための警察に関わる与力・同心の生活も苦しいために、カネ欲しさに捕らえた者や関係者をゆすり、賄賂を取って罪を軽くする。あってはならないことですが、徂徠はこのような者は厳罰にしろと叫ぶのではなく、組織全体の在り方を変えるべきことを進言しています。折しも選挙の最中で、公務員改革、役所改革と称して、経費削減、無駄を省く、身を切る改革、などを掲げる候補者が少なくない。しかし、ただ削れば済むというものではない。必要な所は充分手当をし、明らかに不要な所はカットをする。現総理は異常なほど外遊を重ねては貴重な国費(税金)をばら撒いてきた。これが国会で審査もされないで総理の一存ですぐに決まるというのがおかしいわけですが、質問主意書でそれを質そうとしても政府側は拒否の答弁。こんなことをしながら国民福祉のための予算がないから消費増税だなどというのは、まったく道理にかなわない話です。徂徠は、上に居る者たちが裕福な大名ばかりだから下僚のことや庶民の暮らし向きが分からないし関心もないと喝破していますが、現在の閣僚、国会議員(特に世襲)も富裕な門地門閥ばかり。だから国民の代表という意識はなく、むしろオレたちは国民のような下々の連中とは違うのだ、国民は従っておればいいのだ、黙って税金を払え、払えずに逆に保護の対象になる者は穀潰しだ、という意識。それが暴言となってたびたび飛び出す。江戸時代と何も変わっていません。つづく
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