司馬江漢随筆・続10

【江戸時代の随筆・司馬江漢】続10

近頃、諸国にてしきりに火災が起こる。どうすればこれを防げるか。昔、(中国の)鄭(てい)国に火災があった。王の定公はこれを払いたいと思い、子産(しさん)に尋ねた。子産が言った。「それは徳を修めることでございます」と。

 子産は博学の君子である。もし有効な方術があれば、それを知らないはずはないし、知っていれば定公に教えたはず。火を鎮める術というのは、徳を修めることである。


[注解]孔子は「鄭声(ていせい)は淫(いん)なり」と言って軽蔑した。周の時代の国の一つの鄭は淫らな音楽が流行したとされています。これは音楽を象徴としたもので、国内は頽廃的な空気が漂い、特に為政者の堕落ぶりがひどかった。火事は山火事のように不可抗力による自然発生もあるものの、国が乱れ、人心がすさむと、犯罪が増えて放火も頻発する。子産が火事を消し、火事を起こさないようにするには、徳を修めることと断言したのは、一見、荒唐無稽な答えのように思えますが、痛烈な批判です。江戸時代中期、吉宗の時代に消防組織が整備された。為政者が災害に対する備えの意識を持ち、人々もまた立派な為政者を見習って自分たちでも何とかしなければという気持ちを持って動くようになれば、たとえ発生しても大事(おおごと)にはならない。吉宗の治世ではこれといった大火事がなかったことも、作者江漢の念頭にあったことでしょう。

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