司馬江漢随筆・続5

【江戸時代の随筆・司馬江漢】続5

 先年10月鎌倉に遊び、光明寺に至った。時に14日のこと。本堂の中は老若男女が大勢座って念仏を唱えていた。堂の外、縁側を見ると、菰(こも)を着た者が数十人伏し拝んでいる。寒風の夜なのに、なぜかと聞くと、「卑賤の農夫ゆえお堂の中へ入ることが許されておりません。お経を読む声を聞けば成仏できるかと思いまして」。


[注解]江漢の感想が記されていない、それだけに重苦しい一文です。農民といえども寺の檀家となる人は多く、当時の寺社は人別(戸籍)管理から各種手形の発行、訴訟受付など、今の役場の機能を持ち、すべての人はいずれかの寺社に属することが義務付けられていた。属さない者は無宿人として処罰の対象となったほどです。文字通り、寺が寺子屋として農民のお子たちも教育したほどで、農夫だからお堂の中へ入ってはいけないということはなかったはず。それだけに江漢がわざわざ目撃したさまを記録したのは、ただの「農夫」とは違う、もっと下の身分の人たちだからでしょう。はたして、彼らが「卑賤の」と自称したかどうか。江漢がこれを特につけて、それとなく身分を示したようにも思えます。もしそうであれば、寺が町人や一般農民たちと隔絶させても当時としては不思議なことではありません。江漢は先進的な人ですが、やはり時代の人でもあり、完全に時代から脱却した進んだ思考を持つには限界がある。論評はせずにただ事実を書きつけて、意は言外にあり、よろしく行間を読むべし、ということでしょう。

過去の出来事

過去の本日の朝廷や江戸幕府の人事一覧、その他の出来事を紹介します。ほかに昔に関する雑記など。