身分制度(12)止

【身分制度】12

 身分制度は家や血筋で尊卑を区別し、更にそれぞれの属性ごとに職業も固定化します。職業に貴賎なし、という格言があるほど、実際には「これは賤しい仕事だから賤しい身分のすることだ」と決めつけられ、人のいやがる事ほど下の者に押し付けられた。職業選択の自由はなく、特に被差別階層の人たちにはお上が処刑の手伝いをさせたり、死んだ牛馬の片づけや解体をさせるなど、嫌われることをさせて、庶民をして安心感や優越感を持たせた。こういう所が巧妙です。誰かがやらなければならないことを、希望者を募って任せるのではなく、身分によっておしつける。更に、それ以外に収入の道がないようにさせる。

 しかし、いくら身分と職業を固定化しても、特に職業は生活に直結するだけに、上の者が常にいいとは限らない。武士の場合、農民の年貢が基本的な収入ですが、米その他の農産物は天候に左右されるため、所定の収穫高が得られるとは限らない。これも、初期の頃はお構いなしにきつく取り立てたものの、それでは農民が生きてゆけず、結果的に武士も困ることになる。そこで、台風や水害、飢饉、冷害、虫害など、不可抗力の場合は減免措置を取り、新田開発をして増産に励んだ場合は1~数年免除するといったように、ヤルキを出させるようにしました。武士はいくら威張ったところで、米1つ作れない。いくら読み書きができ、武芸に秀でても、庶民にはそんなことは別世界のこと。別に尊敬することでもない。それよりも、お武家は何も作れないといった現実のほうを庶民たちは見る。中期以降は吉宗の方針や奨励もあって農民でも読み書きをする人が出て、飛躍的に識字率が向上。こうなると、ますます武士と庶民との差は縮まり、幕末には武士は揶揄される対象となり、百姓町人からからかわれたり喧嘩を吹っ掛けられても我慢をして手向かいしないようにといった達しが出されたほどです。斬捨て御免は幕末まで認められてはいたものの、それを実行する者はなく、庶民たちに笑われながらコソコソと逃げ去るといった状態でした。

 もちろん、これを快く思わない武士たちもおり、こういったことが倒幕、新政府樹立の原動力の一つとなったわけで、新政府が圧制により大衆に兵役や納税の義務ばかりを課し、四民平等、公論による政治は幕府を否定し悪者にするための方便だったことがわかり、更なる「士」による「庶人」支配の構図が続くことになった次第です。どうも支配、抑圧といったことが世を治める側の者たちの観念の通例になっていて、市民による市民のための、公平で平等な政治・世の中作りといったことは嫌いなようです。

 身分制度は上が下を支配するものですが、上自身を縛ることにもなる。「らしさ」は武士が最もこだわったものですが、そのために生活水準を落とすわけにいかず、倹約は美徳とされたものの、庶民のようにボロをまとって気軽に外出するわけにはいかない。特に上役の邸へ行く場合は身なりをきちんとしなければならず、下っ端は会える上役が限られているからまだいいようなものの、中士で重役にも会える身分ともなると、みすぼらしい格好は相手に失礼になる。城勤めの身だとなおさら。

 こういったことから始終貧乏で、兼職も許されていないから、決まった収入でやりくりするしかない。やりくりできなくなると商人に借金をすることに。同じ武士に借りるといっても、相手も同じ状態だからとても余裕はない。役職によっては臨時収入が得られる(高家のように儀式作法の指南をする家など)ものがあり、そういう所は比較的裕福ですが、金貸しをするというのは外聞が悪いし、借りる側もカネ以外にも貸しができる立場になってしまう。そこでひそかに商人に借りるが、こういうことも庶民が武士を低く見ることになり、しまいには先述のように与力の株を売って武士をやめてしまうといった例も次々と出てくることになった。支配する側が身が持たなくなったわけです。だからといって身分制度を廃止しようといった意見は出ない。時代を超えるというのはそう簡単なことではありません。身分がなくなればどうなるか、よくなるか、といったことも全くわからないのだし。

 

お先手は布衣(ほい)のおやぢの棄所(すてどころ)

この古川柳は落ちぶれた武士をあざ笑ったもので、お先手は先手組。普段は放火や強盗を取締り、戦時にあっては戦闘部隊となる武士中の武士。しかし、泰平の世が続くと一番の閑職となり、将軍への拝謁も許される高官=布衣の着用を許された者(事務職で、軍人肌の者とは対極にある)で年を取り、もはや使い道はないが名目だけでも役職につけておこうといったことから先手組に配属させた。全く役に立たない者ばかりだから棄て場所。ずいぶんひどいいい方ですが、これが現実。明治維新は下級武士たちが決起したものというのも首肯できます。江戸時代。天下を取ったのはいわばお先手の元祖ともいえる武の者たち。しかし、平和な世となり、長く続くと武士でありながら武は不要なものとなり、その中でもお先手は形骸化して掃き溜めになってしまった。実力よりも布衣といった身分がモノ言う社会となった結果、身分の上にあぐらをかく武士自身が行き詰まり、やがて崩壊することになるのだから制度としての身分は決して完全で強固なものではない。しかし、人々の意識の中に上下の意識が沁みつき、人を上下の関係、尺度で見るようになってしまった。強いものをありがたがり、あるいは畏怖し、弱いものを見ると同情心はあっても、自分は違うという意識が働いて排除しようとする。いろいろ考えさせられる大きなテーマとなりますが、この項はここでおわりとします。

過去の出来事

過去の本日の朝廷や江戸幕府の人事一覧、その他の出来事を紹介します。ほかに昔に関する雑記など。