佛像圖彙179

【179】気比大明神(けひだいみょうじん)


[通釈]

気比大明神 梵字はア 四日

越前の国敦賀郡に鎮座。仲哀天皇である。

本地は大日如来。


[注]

気比神宮 福井県敦賀(つるが)市曙(あけぼの)町に鎮座。伊奢沙別命(いざさわけのみこと)(気比大神(おおかみ)、御食津(みけつ)大神)を主神に、仲哀(ちゅうあい)天皇、神功(じんぐう)皇后、応神(おうじん)天皇、日本武命(やまとたけるのみこと)、玉妃命(たまひめのみこと)、武内宿禰(たけのうちのすくね)を配祀(はいし)する。伊奢沙別命は古くからこの地方開発の神として尊崇され、他はのちになって合祀されたと伝える。仲哀天皇は即位ののちまもなく当社に参詣(さんけい)、神功皇后とともにいわゆる「三韓(さんかん)征伐」の成功を祈り、「征伐」後、皇后は皇子(後の応神天皇)をして当社に参拝せしめたと伝え、歴朝の崇敬はきわめて厚かった。延喜(えんぎ)の制では名神(みょうじん)大社。越前(えちぜん)国一宮(いちのみや)となり、中世以降は武将の領地寄進も相次いだ。1895年(明治28)宮号宣下により気比神宮と称し、それまでの国幣中社から官幣大社となる。(以上、日本大百科全書(ニッポニカ)より)古くは土地の神であったが、何時しか仲哀天皇に結びつけられた様である。多くの塲合、律令体制の確立に伴い記紀に記載のある・・命・・天皇と朝廷の由緒に結び付けられた。本来は・・明神で構わないと思うのだが。〔冢堀庵〕


[千手観音の持物]29

宝鐸手


この鐸(たく)の音を聴くと、一切の罪障が消滅して仏の世界に至れるというもの。論語の「木鐸」(ぼくたく)は警世家の事。金の鐸に木の舌が付いており、これを振る事によりお触れの合図とした事から。「新聞は社会の木鐸」などといわれたものですが、近年の権力者の態度に対する甘さから、この言葉もほとんど聞かれなくなってしまいました。

過去の出来事

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