佛像圖彙117
【117】阿麼提観音(あまだかんおん)
[通釈]
阿麼提観音
毘沙門身
[注]
阿麼提 あまだ・あまでい。梵語で、漢語訳は「無畏」。
[解説]
阿麼提観音は、毘沙門天の姿に化現して衆生を済度する。一切衆生のおそれる心や不安を取り除いて安心を得させ、救済するということから、無畏観音、無畏観自在菩薩とも。
(新)おまけコーナー
[千手観音の持物]1
今回よりおまけとして、千手観音が手に持つ物について見てゆくことにします。大勢を救済したいという気持ちがたくさんの手として具象化かれた観音さま。基本的には救いの手を差し伸べるといった意味ですが、救いを求める人たちは求める所がさまざま。そのため、千手観音もそれぞれに合ったものを持っていますが、なかなか現物を側近くで拝することはできないし、それがどういう物かわからないものも多い。
幸い、その持物についての図解もあるので、一つずつ取り上げることにします。
その1 如意珠手
願いのままに叶えてくれるという宝珠を持つ。いかなる願望も成就し、意のままに、宝や衣服、飲食を出し、病気や苦悩をいやしてくれる現世利益の宝珠。また悪を除去し、濁った水を清らかにし、災禍を防ぐ功徳があるという。如意宝珠とも。
真言の中の「引」は長音を表し、「二合」は繰り返しを表す。(真言の読みは浅学にして現段階では表示しかねます)。
図の手のひらにご注目。目があります。千手観音の手のひらには目があるといわれており、この図もそれに従っています。実際の仏像も多くは目があるものの、安置、保管されているものを一般人が確かめるのはほぼ不可能です。特に千手観音は本尊となっているものが大半であり、厳重に安置されているので、「あの手にも目があるのだろうなあ」と思いながら拝むしかありません。目がないものも少なからずありますが。
如意珠は吉祥天が持つものとして有名です。つづく
0コメント