佛像圖彙66

【66】普賢菩薩(ふげんぼさつ)


[通釈]

普賢菩薩

梵語では邲輸跋陀(ヒユハツダ)、或いは三曼跋陀(サンマンハツダ)。訳して普賢という。

『悲華経』(ひけきょう)にいう「我が行いは要(かなら)ず諸仏に勝るだろう」と。

釈迦が申されるには「この因縁を以て、今、汝の字(あざな)を改めて普賢と名付けよう」と。


[注]

『悲華経』 『大乗悲分陀利経』『悲蓮華経』とも訳される。北涼の僧・曇無讖(どんむしん)の訳。曇無讖は中天竺の人。涅槃経の訳は著名。『高僧伝』に記述が有る。悲華経は、阿弥陀仏や阿閦(あしゅく)仏等の浄土を選び取る諸仏に対して、穢土(えど)成仏を誓う釈迦仏の優位を宣説する経典であり、そこに説かれる釈迦の五百誓願とは、釈迦仏がはるか過去世に宝海というバラモンとして生まれた際にたてた誓願のこと。画像は古写経 伝・伝教大師「悲華経 巻第八」六行断簡(オークション出品、26万円で落札)


[解説]

 普賢菩薩は文殊菩薩とともに大乗仏教の経典において重要な位置を占める菩薩。『華厳経』によれば、

(1)諸仏に敬礼し、

(2)諸仏を称讃(しょうさん)し、

(3)諸仏を供養(くよう)し、

(4)自ら過去の罪を懺悔(ざんげ)し、

(5)諸仏の功徳(くどく)に心から感謝し、

(6)諸仏に説法を請願し、

(7)仏が世に永らえることを請願し、

(8)つねに仏に従って学び行動し、

(9)つねに衆生(しゅじょう)の救済を実現するように願い、

(10)自らの功徳をすべて悟りに振り向ける(回向(えこう)する)

という十願をたて、これを完全に実行、実現した。この十願は「普賢行願(ぎょうがん)」ともよばれ、自らの悟りと衆生の救済を求める菩薩の理想を示すものとされ、諸経典では、一般の人々もそれを追求するよう勧め、また普賢菩薩の実現した功徳にあずかれると説いている。文殊菩薩が悟りの知性的側面を象徴しているのに対し、普賢菩薩はその実践的側面(普賢行)を象徴し、釈迦仏(しゃかぶつ)の右脇侍(わきじ)として六牙(が)の白象に乗った姿で表現される。(以上、小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)より)

 真言はオン・サンマヤ・サトバン(Om samayas tvaṃ)。

中国・四川省の峨眉山が普賢菩薩の霊場とされる。

1968年発行の第1次国宝シリーズ第3集切手で「普賢菩薩」(絹本著色普賢菩薩像 平安時代後期)が採用されている。

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