1923年10月8日
1923年10月8日 大正12年
【内 閣】
内閣総理大臣 山本権兵衛/外務 伊集院彦吉/内務 後藤新平/大蔵 井上準之助/陸軍 田中義一/海軍 財部彪/司法 平沼騏一郎 /文部 岡野敬次郎/農商務 田健治郎/逓信 犬養毅/鉄道 山之内一次/内閣書記官長 樺山資英/法制局長官 松本烝治
【元 老】
松方正義 西園寺公望
【宮中主要官】
内大臣 平田東助/宮内大臣 牧野伸憲/枢密院議長 清浦奎吾/枢密院副議長 浜尾新
【軍部高官】
[陸 軍]
陸軍次官 白川義則/軍務局長 畑英太郎/参謀総長 河合操/参謀次長 武藤信義/教育総監 大庭二郎
[海 軍]
海軍次官 岡田啓介/軍令部総長 山下源太郎
【植民地高官】
朝鮮総督 斎藤実/台湾総督 内田嘉吉/関東長官 児玉秀雄/樺太庁長官 永井金次部/南洋庁長官 横田郷助
【東京】
府知事 宇佐美勝夫/市長 永田秀次郎
第1師団軍法会議、9月16日に大杉栄・伊藤野枝らを扼殺した甘粕正彦の公判を開始。12.8 懲役10年の判決。
日本興業銀行臨時工業資金部、罹災中小企業に対する復旧融資を開始。
ベルリン・テンペルホーフ国際空港が開港
テンペルホーフ空港(Flughafen Berlin-Tempelhof, Tempelhof Airport):ドイツのベルリンにあった国際空港。ベルリン市街地南の、プロイセン軍の練兵場であった場所に、1923年開港。第二次世界大戦下の1941年に、ヒトラーの命令によって、ベルリンを大改造する世界首都ゲルマニア計画の一環として、建築家エルンスト・ザーゲビールの手で空港ターミナルビルが今のデザインに改修される。戦時中はもっぱら軍用飛行場として使用された。第二次世界大戦後の冷戦下の1948年には、ソ連のベルリン封鎖に対抗したイギリスやアメリカなどの西側陣営の空輸作戦、いわゆる「ベルリン大空輸」の舞台となった。その後も西ベルリンの主要空港の1つとして使用されたが、滑走路が狭いことや空港拡張が不可能なことから、旅客機の大型化に伴って発着便がベルリン・テーゲル国際空港などへ移ったために便数が減少した。それによる利用者の減少による赤字の計上や、ドイツ再統一後のベルリン・ブランデンブルク国際空港への機能集約などの理由により閉鎖される方針が示されたが反対意見も多く、その賛否を問う市民投票が2008年4月27日に実施された。閉鎖反対が投票数の6割を超えたものの投票率自体は3割に留まったため、予定通り2008年10月31日に閉鎖された。2008年5月29日から31日にかけて、ベルリン・フィルハーモニーの火災の影響により、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団が空港の格納庫で演奏会を開催した。
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