和俗童子訓115
貝原益軒著『和俗童子訓』115
又女子の嫁する時、かねてより父母のをしゆべき事十三条あり。一に曰、わが家にありては、わが父母にもはら(専)孝を行なふ理たり。されども夫の家にゆきては、もはらしうと・しうとめを、吾二をや(親)よりも、猶おもんじて、あつく愛み敬ひ、孝行をつくすべし。をやの方をおもんじ、しうとの方をかろんずる事なかれ。しうとのかた(方)に、朝夕の見まひを、か(欠)くべからず。しうとのかたの、つとむべきわざ、をこたるべからず。若、しうとの命(おおせ)あらば、つつしみ行なひて、そむくべからず。凡の事、しうと、しうとめにとひて、そのをしえにまかすべし。しうと、しうとめ、もし我を愛せずして、そしりにくむとも、いかりうらむる事なかれ。孝をつくして、誠を以感ぜしむれば、彼も亦人心あれば、後は必心やはらぎて、いつくしみある理なり。二に曰、婦人別に主君なし。夫をまことに主君と思ひて、うやまひつつしみて、つかふべし。かろしめ、あなどるべからず。やはらぎしたがひて、其心にたがふべからず。凡婦人の道は、人にしたがふにあり。夫に対するに、顔色・ことばづかひ、ゐんぎん(慇懃)にへりくだり、和順なるべし。いぶ(燻)りにして、不順なるべからず。おごりて無礼なるべからず、是女子第一のつとめたり。夫のおしえ、いましめあらば、其命にそむくべからず。うたがはしき事は、夫にとひて其命をうくべし。夫とふ事あらば、ことわりただしくこたふべし。其いらへ、おろそかにすべからず。こたへの正しからず、其理きこえざるは、無礼なり。夫もしいかりせむる事あらば、をそれてしたがふべし。いかりあらそひて、其心にさか(逆)ふべからず。それ婦人は夫を以天とす。夫をあなどる事、かへすがへす、あるべからず、夫をあなどりそむきて、夫より、いかりせめらるるにいたるは、是婦人の不徳のはなはだしきにて、大なるはぢ也。故に女は、つねに夫をうやまひ、おそれて、つつしみつかふべし。夫にいやしめられ、せめらるるは、わが心より出たるはぢ(恥)也。三に曰、こじうと・こじうとめは、夫の兄弟なれば、なさけふかくすべし。又こじうと・こじうとめに、そしられ、にくまるれば、しうとの心にそむきて、わが身のためにもよからず。むつましく和睦すれば、しうとの心にかなふ。しかればこじうとの心も亦、失なふべからず。又あひよめ(相嫁)をしたしみ、むつまじくすべし。ことさら夫の兄、兄よめは、あつくうやまふべし。
【通釈】
女子の嫁する時、前もって父母が教えておくべき事が十三条ある。
一、わが家にあっては、わが父母にひたすら孝を尽くす道理について。しかし、夫の家に嫁いでからは、専ら舅と姑をわが二親よりも尊重し、厚く愛み敬い、孝行を尽くすこと。実の親の方を重んじて舅の方を軽んじることがないようにする。舅と姑に対して、朝夕の挨拶を欠かしてはならない。舅・姑に対しての務めを怠ってはならない。もし、舅に何か命じられたならば、慎み行なって、決して背いてはならない。何事も舅と姑に聞いて、その教えの通りにするのがよい。舅や姑がもし自分を愛さず、何かにつけてそしったり憎んだとしても、少しも怨んではならない。孝を尽くして、誠意を以って感じさせたなら、彼らもまた人の心があれば、やがては必ず心がやわらいで、慈しむようになるものである。
二、婦人は特に主君といったものはない。夫を真の主君と思って敬い慎んで仕えること。軽んじたり侮ってはならない。柔和な態度で従い、その心に逆らってはならない。およそ婦人の道は、人に従うことである。夫に対するに、顔色・言葉づかいは丁寧にしてへりくだり、和順なのがよい。すねたりふくれてはならない。傲慢で無な態度はいけない。これが女子第一の務めである。夫の教え、戒めがあれば、その命に背いてはならない。疑問な事は、夫に尋ねてその命を受けること。夫がなにか尋ねたならば、きちんと答えること。いいかげんな返事をしてはならない。受け答えがいいかげんなのは無礼というものである。夫がもし怒り責めることがあれば、畏まって従うこと。逆上したり言い返して夫に逆らってはならない。いったい婦人というのは夫を以って天とする。夫を侮る事は、返す返すもあってはならない。夫を侮り背いて、夫より怒られ責められるのは、婦人の不徳の甚だしいもので、大いなる恥である。女は常に夫を敬い畏れて、慎み仕えること。夫に卑しめられ、責められるのは、わが心より出た報いであり恥である。
三、小舅・小姑は夫の兄弟であるから、情け深く接すること。また小舅・小姑に誹られたり憎まれると、舅の心に背いて我が身のためにもよくない。仲睦まじくすれば舅の心にかなう。であれば小舅・小姑の自分に対する心もまた失なわないようにしたい。さらに相嫁にも親しく睦まじくすること。特に夫の兄や兄嫁には厚く敬うこと。
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