和俗童子訓113

貝原益軒著『和俗童子訓』113

父母となる者、女子のいとけなきより、男女の別を正しくし、行儀を、かたくいましめをしゆべし。父母のをしへなく、たはれたる行(おこない)あれば、一生の身をいたづらにすて、名をけがし、父母・兄弟にはぢをあたへ、見きく人につまはじきをせられん事こそ、口をしくあさましきわざなれ。よろづいみじくとも、ちり(塵)ばかりもかかる事あらば、玉の盃のそこなきにもをと(劣)りなん。俗のことわざに、万能一心といへるも、かかる事なり。ここを以て、女は心ひとつを貞(ただ)しく潔(いさぎよ)くして、いかなる変にあひて、たとひいのちを失なふとも、節義をかたく守るこそ、此生後の世までのめんぼく(面目)ならめ。つねに心づかひをして、身をまもる事、かた(堅)きにすぎたらんほどは、よかるべし。人にむかひ、やはらかに、ざればみて、かろ(軽)らかなるは、必節義をうしなひ、あやまち(過)の出くるもとい(基)なり。和順を女徳とすると、たはれの心のわうらかにして、まもりなく、かろ(軽)びたると、其すぢかはれる事、云に及ばず。古人は兄弟といへど、幼(いとけなき)より男女、席(むしろ)を同じくせず、夫の衣桁に、妻の衣服をかけず、衣服も夫婦同じ器にをさめず、衣裳をも通用せず、ゆあみ(沐浴)する所もことなり。是夫婦すら別(わかち)を正しくする也。いはんや、夫婦ならざる男女は、云に及ばず。男女の分、内外の別を正しくするは、古の道なり。


【通釈】

父母となる者は、女子が幼い時より男女の区別を正しくし、行儀を固く戒めて教えること。父母の教えがなく、いいかげんな行いがあれば、一生の人生を無駄にし、名をけがし、父母・兄弟に恥をかかせ、関わる人たちから爪弾きされる。なんと口惜しくあさましいことではないか。万事優れていても、塵ばかりほどももかかる事があれば、玉の盃の底がないのよりも劣っている。俗のことわざに、「万能一心」というのもこの事である。

このことから、女は一心に貞淑で潔くして、いかなる変事に遭って、たとえ命を失うことがあろうとも、節義を堅く守ることこそ、あの世までの面目を保つことになる。常に細心の注意をして堅すぎるぐらい身を守るのがよい。

人に対するのに、軽々しく冗談をいうようなのは、必ず節義を失い、過ちを犯すもととなる。和順を女徳とするのと、誰彼かまわず戯れの心で接し、守りがなく、軽々しいのとでは、その筋が違うことは言うまでもない。

古人は兄弟といえども、幼い時より男女は席を同じくせず、夫の衣桁に妻の衣服をかけず、衣服も夫婦同じ器に収納せず、衣裳も共通のものにせず、湯あみする所も別々にした。これは夫婦すらきちんと区別することであり、ましてや夫婦ではない男女は言うまでもない。男女の分際、内外の別を正しくするのは、古の聖人が定めた道である。

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