和俗童子訓106

貝原益軒著『和俗童子訓』106

いにしへ、天子より以下、男は外をおさめ、女は内をおさむ。王后以下、皆内政をつとめ行なひて、婦人の職分あり。今の世のならひ、富貴の家の婦女は、内をおさむるつとめうとく、お(織)り・ぬ(縫)ひのわざにおろそかなり。いにしへ、わが日の本にては、かけまくもかしこき天照大神も、みづから神衣をおりたまひ、斎服殿(いんはたどの)にましましける。其御妹稚日女尊(わかひるめのみこと)も亦しかり。是日本紀にしるせり。もろこしにて、王后みづから玄紞(げんたん)をおり給ふ。公侯の夫人、位貴しといへ共、皆、みづからぬをおれり。今の士、大夫の妻、安逸にほこりて、女功をつとめざるは、古法にはあらず。


【通釈】

昔、天子より以下、男は外を治め、女は内を治めるものとされた。王后以下、皆内政を務め行なって、婦人の職分があった。今の世の習いは、富貴の家の婦女は内を治めることに疎く、織物や縫物といった作法がいいかげんである。

昔、わが日本では、かけまくもかしこき天照大神も、みずから神衣を織られ、斎服殿(いんはたどの)にて織られたものである。其御妹稚日女尊(わかひるめのみこと)もまた同様。これは「日本書紀」に記されている。

中国では、王后みずから玄紞(げんたん)を織られる。公侯の夫人、高位の者といえども、皆、みずから織る。今の士、大夫の妻、安逸をむさぼって女功をつとめないのは、古法ではない。


【語釈】●玄紞 周代の朝廷の着物。図版は『孔子家語』巻九正論解第四十一「古者(いにしへは)王后親(みづか)ら玄紞を織る」。

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