和俗童子訓104

貝原益軒著『和俗童子訓』104

女は、人につかふるものなれば、父の家、富貴なりとても、夫の家にゆきては、其おやの家にありし時より(も)、身をひき(低)くして、舅姑にへりくだり、つつしみつかへて、朝夕のつとめおこたるべからず。舅姑のために衣をぬひ、食をととのへ、わが家にては、夫につかへてたかぶらず。みづからきぬ(衣)をたたみ、席をはは(掃)き、食をととのへ、うみ・つむぎ、ぬい物し、子をそだてて、けがれをあらひ、婢おほくとも、万の事に、みづから辛労をこらへてつとむる、是婦人の職分なれば、わが位と身におうぜぬほど、引さがりつとむべし。かくの如くすれば、しうと、夫の心にかなひ、家人の心を得て、よく家をたもつ。又わが身にたかぶりて、人をさしつかひ、つとむべき事におこたりて、身を安楽におくは、しうとににくまれ、下人にそしられて、人の心をうしひ、其家をよくおさむる事なし。かかる人は、婦人の職分を失ひ、後のさいわひなし。つつしむべし。


【通釈】

女は人に仕える者であるから、父の家が富貴であっても、夫の家に嫁いだからには、実家の親の家にいた時よりも身を低くして舅姑にへりくだり、慎み仕えて、朝夕の勤めを怠ってはならない。舅姑のために衣を縫い、食事を作り、夫の家にいては、夫に仕えて感情を出さない。自分で衣をたたみ、部屋の掃除をし、食事を作り、糸を紡いで縫い物をし、子を育て、汚れたものを洗濯し、女中が多くいようとも、あらゆる事に自分で辛労をこらえて勤めるのが婦人の職分であるから、実家の位と身分よりも引き下げて勤めるように。このようにすれば、舅や夫の心にかない、家人の心を得て、よく家を保つことができる。

また、尊大な態度で人に指図して使い、勤めを怠けて身を安楽に置くのは、舅に憎まれ、家来にそしられて、人の心を失い、その家を治めることができなくなる。このような人は、婦人の職分を失い、後の幸せもない。慎まなければならない。


【解説】一度嫁いだからには、嫁ぎ先の家に従い、あらゆる苦労を忍び、決められたこと、言われたことはもちろん、言われなくてもやらなければならないことは積極的にやる、これが婦人の務めであり、これをしないと将来の幸福もないという。この一節だけでも、益軒が嫌われてしまうのは当然と思う。嫁ひとりが耐え忍べば、その家は安寧であるというのは、嫁の人格を否定し、犠牲の上に成り立つのだから。江戸時代がすべてこのような考えのもとに成り立っていたわけではなく、むしろ明治になってから「武士道」(特に『葉隠』の武士道)とともに「良妻賢母」が鼓吹されるようになったので、益軒の言うことが江戸時代そのものではない。それに、江戸時代にこの考えが常識であったなら、わざわざ益軒がくどいほど言う必要はないわけで、益軒としては、家がうまく治まるためにはこのようにあるべきという考えを述べたものであり、これを是とするか否とするかは、読者に委ねられている。

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