和俗童子訓101

貝原益軒著『和俗童子訓』101

国字(かな)をかくに、かなづかひと、「てには」をしるべし。かなづかひとは、音をかくに開合あり、開合とは字をとなふるに、口のひらくと合(あう)となり。和音五十字の内、あかさたな、はまやらわは開く音也。江・肴・豪、陽・唐、庚・耕、清・青の韻の字は皆開くなり。をこそとの、ほもよろおは合ふ音なり。東・冬、粛・零、蒸・登、尤・侯・幽の韻の字は皆合へる也。又、和訓の詞の字のかなづかひは、いゐ、をお、えゑ、の三音は、各二字づつ同音なれど、字により所によりて、いの字を用、ゐの字を用ゆるかはりあり。をお、と、えゑも亦同じ。又、はひふへほ、とかきて、わいうゑを、とよむは、和訓の詞(ことば)の字、中にあり、下にある時のかきやう、よみやうなり。是も和音五十字にて通ずる理あり、是皆かなづかひのならひ也。五十字によく通ずれば、其相通をしるなり。又「てには」とは、漢字にも和語にもあり。漢字・和語の本訓の外、つけ字を「てには」と云。「てには」と云は、本訓の外、つけ字に、ての字、にの字、はの字、多き故に名づく。又、「てにをは」とも云は、をの字も多ければなり。和字四十八字を、「いろは」と云が如し。学んで時にこれを習ふ、とよめば、ての字、にの字、をの字は、皆「てには」也。やまと歌は人の心をたねとしてよめば、はの字、をの字、ての字、皆「てには」也。又、和語の「てには」、上下相対するならひあり。ぞける、こそけれ、にけり、てけれ。是、上を「ぞ」といへば、下は「ける」と云、「花ぞちりける」と云べし。「花ぞちりけり」とは云べからず。上にて「こそ」といへば、下は「けれ」と云べし。上にてこそといはば、下にてけりと云べからず。にけり、てけれ、も、これを以しるべし。又わし、ぞき、と云は、上を「は」といへば、下は「し」と云、上を「ぞ」といへば、下は「き」と云。たとへば「かねのねはうし」、「かねのねぞうき」。此類を云。是皆「てには」のならひなり。かなづかひ開合と、「てには」をしらで、和文・和歌をかけば、ひが事おほくしてわらふべし。

和俗童子訓 巻之四 終


【通釈】

国字(仮名)を書くにあたっては、仮名遣いと、「てには」を知っておくこと。仮名遣いとは、発声をするのに口の開き具合がある。開き具合とは、字を唱える時に、口が開くのと合わさることである。和音五十字の内、「あかさたな、はまやらわ」は開く音。「江・肴・豪、陽・唐、庚・耕、清・青」の韻の字は皆口が開く。「をこそとの、ほもよろお」は合う音。「東・冬、粛・零、蒸・登、尤・侯・幽」の韻の字は皆合う音である。

また、和訓の詞の字の仮名遣いは、「いゐ、をお、えゑ」の三音は、それぞれ二字ずつ同音だが、字により所によって、いの字を用、ゐの字を用いるといった区別がある。をお、と、えゑもまた同じ。

また、「はひふへほ」と書いて、「わいうゑを」と読むのは、和訓の詞の字が中にあり、下にある時の書き方、読み方である。これも和音五十字で共通する法則があり、皆仮名遣いのきまりである。五十字によく通じれば、共通する法則を理解することができる。

また、「てには」とは、漢語にも和語にもある。漢語・和語の本訓の外、つけ字を「てには」という。「てには」というのは、本訓のほか、つけ字に、ての字、にの字、はの字が多いことからそのようにいう。また、「てにをは」ともいうのは、をの字も多いからである。和字四十八字を、「いろは」というのと同じ。「学んで時にこれを習う」と読めば、ての字、にの字、をの字は、皆「てには」である。「やまと歌は人の心をたねとして」と読めば、はの字、をの字、ての字、皆「てには」である。

また、和語の「てには」は、上下相対するきまりがある。「ぞける」「こそけれ」「にけり」「てけれ」は、上を「ぞ」といへば、下は「ける」といい、「花ぞちりける」という。「花ぞちりけり」とはいわない。上に「こそ」といえば、下は「けれ」という。上で「こそ」といえば、下は「けり」とはいわない。「にけり」「てけれ」も同様。

また、「わし」「ぞき」というのは、上を「は」といえへば、下は「し」といい、上を「ぞ」といえば、下は「き」という。例えば「かねのねはうし」「かねのねぞうき」といった類をいう。これらは皆「てには」の規則である。

仮名遣い、開合と、「てには」を知らずに和文・和歌を書けば、誤りが多くなりみっともないものになる。

和俗童子訓 巻之四 終

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