和俗童子訓72

貝原益軒著『和俗童子訓』72

小児の時より、学問のひまをおしみ、あだなるあそびをすべからず。手ならひ、書をよみ、芸をまなぶを以、あそびとすべし。かやうのつとめ、はじめは、おもしろからざれども、やうやくならひぬれば、のちはなぐさみとなりて、いたづ(煩)がはしからず。およそよろづの事は、皆いとまを用ひて出くるものなれば、いとま(暇)ほどの身のたからなし。四民ともに同じ。かほどの、おしむべき大せつたるいとまを、むなしくして、時日をつひやし、又は、用にもたたざる益なきわざをなし、無頼の小人にまじはり、ひまをおしまずして、いたづらに、なす事なくて月日をおくる人は、ついに才智もなく、芸能もなくして、何事も人におよばず、人にいやしめらる。少年の時は、気力も記憶もつよければ、ひまをおしみ、書をよみおくべし。此の如くすれば、身おはるまでわすれず、一代のたからとなる。年たけ、よはひ(齢)ふけぬれば、事おほくしてひまなく、、気カへりて記憶よはくなり、学問に苦労しても、しるし(験)すくなし。少年の時、此ことはりをよく心得て、ひまをおしみ、つとむべし。わかき時、おこたりて、年おいて後悔すべからず。此事、まへにもすでに云つれば、老のくせにて、同じことするは、きく人いとふべけれど、年わかき人に、よく心得させんため、かへすがへすつぐるなり。およその事、後のためよき事を、専(ら)につとむべし。はじめつとめざれば、必後の楽なし。又、後の悔たからん事をはかるべし。はじめにつつしまず、おこたりぬれば、必後の悔あり


【通釈】

小児の時より学問する時間を惜しんで、どうしようもない遊びにふけるようなことをしてはならない。手習い、書物を読み、芸を学ぶことを遊びとするようにする。学問をするということは、最初はおもしろきないが、それでも習い続けてゆけば、やがてはなぐさみとなり、煩わしさは感じなくなる。

およそあらゆる事は、みな時間をかけてできることであるから、時間わが身にとっての宝はない。これは四民ともに同じである。このような惜しむべき大切な時間を空しく費やし、時日を無駄にし、更には役にも立たない事をし、無頼のつまらぬ者と付き合い、時間を惜しまずに無駄に月日を送る人は、ついに才智も芸能もなく、何事も人に及ばず、そのため人から馬鹿にされるようになる。

少年の時は、気力も記憶力も強いから、時間を惜しみ、ひたすら書物を読むのがよい。このようにすれば、生涯忘れず、一代の宝となる。年をとり、老けてしまうと、いろいろな事が多くて時間がなく、さらに気力が減退して記憶力も弱まり、学問をしても苦労が多く効果も少ない。少年の時にこの道理をよく心得て時間を惜しみ、学問に努めるように。若い時に怠けて、年老いて後悔することがないせよ。

この事は前にも既に述べたので、老人のくせで同じ事を繰り返すのは聞く人が嫌がるが、年若い人によく心得させるために、返す返すも告げるのである。

およそ、後のためによい事を専ら努めること。初めに努めなければ、必ず後の楽はない。また、後の悔がないようにすべき。初めに慎まずに怠ければ、必ず後の悔いがある。

──────

過去の出来事

過去の本日の朝廷や江戸幕府の人事一覧、その他の出来事を紹介します。ほかに昔に関する雑記など。