和俗童子訓71
貝原益軒著『和俗童子訓』71
史は古をしるせるふみ也、記録の事なり。史書は、往古の迹をかんがへて、今日の鑑とする事なれば是亦経につぎて必よむべし。経書を学ぶいとまに和漢の史をよみ、古今に通ずべし。古書に通せざるは、くらくして用に達せず。日本の史は、日本紀以下六国史より、近代の野史に至るべし。野史も亦多し。ひろく見るべし。中夏の史は、左伝、史記、漢書以下なるべし。朱子綱目の書は、歴代を通貫し、世教をたすけて、天下万世に益あり。経伝の外、これに及べる好著は有べからず。此一書を出すしで、古の事に通じ、善悪を弁じ、天下国家をおさむる道理明かたり。まことに、世の主なり。学者是をこのんで玩覧すべし。殊に国家をおさむる人のかがみとなり、又、通鑑前編・続編をも見るべし。前編、伏犠より周まで、朱子綱目以前の事をしるせり。続編は宋元の事を記す。朱子綱目以後の事也。これにつづきて、皇明通記、皇明実記などを見れば、古今に貫通す。
【通釈】
史は昔の事を記した書物であり、記録のことである。史書は、往古の事蹟を考えて、今日の鑑(かがみ)とするものであるから、経書に次いで必ず読むべきものである。経書を学ぶ間に和漢の史暑を読み、古今の出来事に通ずるようにする。古書を読んで理解しなければ、道理に暗くしてものの用に役立たない。
日本の史書は、日本書紀以下六国史(りっこくし)より読み始めて、近代の野史(やし)に至るようにする。野史もまた多くある。広く見るのがよい。
中国の史書は、左伝、史記、漢書から始める。朱子綱目(しゅしこうもく)の書は、歴代を通貫し、世の中の教えの理解の上で助けとなり、天下万世に益がある。経伝の外、これに及ぶ好著はないといってよい。この一書を読めば、古の事に通じ、善悪をわきまえ、天下国家を治める道理が明らかとなる。まことに、世の主である。学ぶ者はこれを好んで熟読すべし。特に国家を治める人の鑑となる。
また、通鑑(つがん)前編・続編をも見るべし。前編は伏犠(ふっき・ふくぎ)より周まで、朱子綱目以前の事を記す。続編は朱子綱目以後の宋元の事を記す。これに続いて、皇明通記(こうみんつうき)、皇明実記などを見れば、古今のことは理解できる。
【語釈】●野史 稗史(はいし)とも。中国史学用語で、正史の対義語。正史に記録されていないか、正史とはされなかった民間で編纂された史書や、または伝聞の記録、民間に伝わる話、およびそれらに基づいて編纂された史書を指す。必ずしも虚構とはいえないとされている。 ●朱子綱目 資治通鑑綱目(しじつがんこうもく)。中国,南宋の朱熹 (朱子 ) の撰といわれる史書。『通鑑綱目』とも呼ばれている。 59巻。司馬光の『資治通鑑』によって,その重要な事柄を掲げ,それを綱とし,それに注を施したものを目とした編年史。大義名分を強調している。 ●通鑑 資治通鑑。中国の編年書。294巻。宋の司馬光撰。英宗の命で治平2年(1065)着手、元豊7年(1084)完成し神宗に献上。はじめ「通志」と称したが、治世に役立ち、為政上の鑑(かがみ)と賞され、勅号を賜わった。戦国時代から五代末まで1362年間の編年通史で、周紀に始まり後周紀で終わる。「左氏伝」を手本に「春秋」の書きつぎを目し、正史をはじめ実録、物語など322種を資料参考にしている。全文の原文、訓読文、注解が戦前に国民文庫刊行会から刊行(加藤繁, 公田連太郎訳並註)、戦後に復刻されたほか、日本図書センターから影印本も出された。 ●伏犠 古代中国神話に登場する神または伝説上の帝王。宓羲・庖犧・包犧・伏戯などとも書かれる。伏義、伏儀という表記も使われる。三皇の一人に挙げられる事が多い。姓は風。兄妹または夫婦と目される女媧と共に、蛇身人首の姿で描かれることがある。 太皞(たいこう)と呼ばれることもある。 ●皇明通記 元末より洪武年間の40年を記した「皇明啓運録」および永楽より正徳年間120余年を記した「続編」を併せた編年体史書。著名な歴史学者・陳建が1555年(嘉靖三十四年)に家刻本として刊行。嘉靖年間以降、明初の事績を記した多くの史書が生まれたがその先駆的なもの。明代の歴史を忠実に再現している初の明代通史であり同時代史として広く読まれたが、1571年(隆慶五年)に禁書の指定を受けた。後世に至り謝国楨などの大家に絶賛されたが、原版の流伝は極めて少ない。 ●皇明実記 明実録。明朝13代の皇帝の実録。全2909巻。実録は皇帝1代の事跡を中心に、治世下の政治・社会・経済の事件を編年体で記録したもの。皇帝の死後、起居注(帝の言行の日々の記録)や公文書をもとに編纂された。明代史研究の基本史料である。正副2本、後に3本が宮廷の秘書として蔵されていた。清代になって、その写本が作られ民間に流れ、日本にも長崎貿易を通して、数部がもたらされた。
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