和俗童子訓56
貝原益軒著『和俗童子訓』56
凡そ書をよむには、必ず先手を洗ひ、心に慎み、容を正しくし、几案のほこりを払ひ、書冊を正しく几上におき、ひざまづきてよむべし。師に、書をよみ習ふ時は、高き几案の上におくべからず。帙の上、或(は)文匣(ぶんこう)、矮案(わいあん)の上にのせて、よむべし。必ず、人のふむ席上におくべからず。書をけがす事なかれ。書をよみおはらば、もとのごとく、おほ(覆)ひおさむべし。若、急速の事ありてたち去るとも、必ずおさむべし。又、書をなげ、書の上をこゆべからず。書を枕とする事なかれ。書の脳を巻きて、折返へす事なかれ。唾を以、幅を揚る事なかれ。故紙に経伝の詞義、聖賢の姓名あらば、慎みて他事に用ゆべからず。又、君上の御名、父母の姓名ある故紙をもけがすべからず。
【通釈】
およそ書物を読むにあたっては、必ずまず手を洗ひ、心を落ち着け、姿勢を正しくし、机のほこりを払い、書冊を正しく机上に置き、ひざまずいて読むこと。
師より書物を読み習う時は、高い机の上に置いてはならない。帙の上、或いは文箱、低い机の上にのせて読むこと。必ず、人の踏む席の上に置いてはならない。書を穢すことがないようにする。
書を読み終えたならば、元のように覆いをかけてしまっておく。もし、急な用事があって立ち去る時でも、必ずしまっておく。
また、書物を投げたり、書物の上をまたいではならない。書物を枕にしてはならない。書物の端を折り曲げてはいけない。唾をつけて紙をめくってはならない。
反故となった紙に経伝の詞義や聖賢の姓名がある場合は、敬意を表して他の事に使ってはならない。また、主君の御名、父母の姓名がある反故も穢してはならない。
【解説】
今の教育では、書物は丁寧に扱うといったことがないがしろにされている。教科書についての世間の考え方も複雑となり、教科書で教わらないことこそが大切であるといったことまで言われたりしているが、教育は受験のためにあるのではない。どのような分野であっても、そこには人としての道に通じることがあり、それを教え育むことが教育である。当然、教科書に対して敬意を払い、そこからすすんでいろいろな書物を読み漁るようにもってゆくことが大切。これからはペーパーレスが進み、教科書も紙の書物ではなく画像で見るものに変わってゆくだろうが、形態はどうであれ、知識と教養に対しての敬意とありがたさを忘れてはならない。ましてや、それらを軽視する風潮が広まってはならない。人は安逸に流れやすい。集団で生きていかなければならない以上、今だけ、金だけ、自分だけという考えは世の中のためにならないだけでなく、自分に跳ね返ってくるということを知らしめるためにも、知識や教養を得るものに対しては敬意を払う態度が必要である。
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